風花〜かざはな〜

14


恭祐様……
心配だった。
いつもはしっかりなさってる方だからと皆、安心していた。
試験中はホテルをとればというのを、それでは落ち着けないからと言って、宮之原所有の部屋に滞在されていた。その時も、誰か付き添いをつけるという妙さんの申し出を断られても、恭祐様なら大丈夫だろうと、最初の日に妙さんが同行して、部屋の準備をしていたはずだ。もっともそのための往復で、妙さんは帰ってきてから疲れをだして丸一日寝込んでしまったのだけど。
急ぎの汽車に乗り込み、わたしは上京した。さすがに駅に着いた時にはあたりはもう暗くなっていて、タクシーで部屋まで行かなければならなかった。街にもろくに出たことのないわたしにとって東京の街は未知の世界で、少々恐ろしくもあった。

部屋について、合い鍵を使ってドアを開ける。その時間すらがもどかしかった。
「恭祐様!?」
部屋に飛び込んでも、どこにも姿がない。具合が悪いのなら眠っておられるだろうと、寝室に向かった。
かちゃりとドアを開けた暗い部屋の中……
「だ、れ……」
掠れた声が聞こえた。
「恭祐様??」
ベッドの上で丸くなって震えているいる恭祐様を見つけて、急いで部屋の灯りを付つける。
「ゆき、乃……?それとも……夢なのか……」
苦しげにベッドに横たわる恭祐様の顔は冷や汗をかいて青白く、震えているのは熱が高のに体温調節が出来ていないようだった。
「恭祐様、大丈夫ですか??」
「寒い……」
わたしは急ぎその汗をハンカチで拭うと、その額に手をやる。やはり熱い……
「ゆき乃……夢じゃないのか……おまえに側にいて欲しいと、そう願ったら、本当に……来てくれたのか……?」
部屋の中は火の気すらなく、底冷えする寒さだった。側にあるストーブも火が消えたままだった。おそらく火が消えたままかなりの時間がたったのだろう。
「いつから、こんな……」
「一昨日……朝から動けなくて……だめだな……こんなことならホテルを使うべきだった……」
「恭祐様、熱はどのくらいありますか?」
「判らない……ゆき乃、寒いんだ……」
どう見ても熱は40度近いように見えた。恭祐様は身体を丸めてがたがたと震えておられる。
急ぎコンロで湯を沸かし、灯油の切れたストーブに補充して火を付けて部屋を暖めた。自分の冷えた手で恭祐様の熱を吸い取る。本当に高い……
濡れたタオルを置いても、苦しそうで、水分を飲ませようとしたけれども、脱水症状が出ているのか受け付けようとしない。仕方なくわたしは自分の口に薬と一緒に水を含むと、恭祐様の唇に押し当てた。唇を開き薬と水を流し込む。妙さんに渡された漢方薬の熱冷ましだ。しばらくしたら効いて来るだろうけれども……
「うう……寒い……」
先ほどから恭祐様の震えは止まらない。まだ熱が上がり続けているのだろうか?
「恭祐様……」
部屋が暖まってから、恭祐様の汗で濡れたパジャマを脱がせて熱いお湯で濡らしたタオルで身体を拭き、新しい下着に着替えさせた。さすがに下は……朦朧とする恭祐様にお願いして自分でしていただいた。
わたしは出来ることすべてをやり終えて、それでもまだベッドの中で丸くなって震える恭祐様を前に立ちつくしていた。
後、わたしにできることは……
わたしは、着ていた衣服を床に滑り落とした。下着一枚の姿になって、恭祐様のベッドに滑り込んだ。
「恭祐様、ゆき乃で……暖まってください……」
あの夜、身も心も傷ついたわたしを優しく抱きしめて暖めてくださったように……わたしが、恭祐様を守るんだわ。
震える恭祐様の身体を包んで、背中を何度も何度もさする。荒い息で熱に浮かされながら、恭祐様は何度もわたしの名を呼んだ。
「ゆき乃……ゆき乃……」
「恭祐様、ゆき乃はここにいます」
薬が効いて恭祐様の息が整ってくるまでは気が気じゃなかったけれども、次第に震えも止まり、顔色も少しづつ取り戻していかれた。用意していた水分を飲み干し、再び眠りにつかれたそのお顔に安堵を覚え、わたしも眠りに落ちていった。


「ゆき乃……」
耳元で恭祐様の声がした。わたしは不覚にも眠ってしまっていたことを悔やみながら身体を起こした。せめて恭祐様より先に起きるつもりだったのに……
外はもう既に白んでいる。
目の前にけだるい笑顔をのせた恭祐様の少しやつれた顔があった。
「恭祐様……熱下がったんですね」
「ああ、だけど、そんな魅力的なもの……今の僕には目の毒だよ?」
「え?……きゃあ!!!」
シーツが滑り降りて上半身が露わになる。わたしは真っ赤になって両腕で身体を隠したものの、ベッドから飛び出せばそれ以上あられもない恰好なのを思いだし、動けずにいた。自分がしたことながら、一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あの、む、向こうを向いててくださいませんか?」
「嫌だって……言ったら?」
「え??」
目の前にいらっしゃるのは、本当にいつもの恭祐様なんだろうか?お優しい笑顔はそのままなのに……なんで?
少しイジワルに微笑まれる恭祐様は顔色もよく見えて、少しだけほっとした。
「ゆき乃、すごく綺麗だ……その腕を降ろして欲しいほどだよ?」
「きょ、恭祐様??あの、熱……まだあるんですか?」
腕を降ろしたら見えてしまうのに?
「あはは、冗談だよ……」
恭祐様がゆっくりと後ろを向いてくださったのでわたしは急いでベッドを降りて下着を身につける。
「ゆき乃、学校があるのに……来てくれたんだね」
背中越しに恭祐様の声。こっちをまだ向いてないことを祈りつつ、わたしは着替えが終わり後ろを振り向くと恭祐様がニッコリとまた……まさか、ずっとこっち向いてたわけじゃないだろうけれども……
「嬉しかったよ、来てくれたのがゆき乃で……」
「だって、恭祐様の受験の方が大切ですもの。明日の本番に向けて、しっかり治さなければいけませんわ……あの、何か食べられますか?」
あまりにじっと見つめておられるので、どうしようかって思ってしまう。
「じゃあ、ゆき乃を……」
ベッドに腰掛けたままその手がわたしの方に伸ばされる。
「え?な、なにを……恭祐様、冗談が過ぎますよ?」
「そう?じゃあ、喉が渇いた。なにかあるかな?お腹も空いた気がするから、少し食べるよ」
「では、すぐに用意しますね。ではその間にシャワーでも浴びられますか?」
そうするよと言った恭祐様はゆっくりとそう言うと立ち上がって浴室に向かわれた。

わたしはどきまぎしながら厨房へ向かう。
冗談……だよね?けれどもこんな冗談は今まで一度も言われたことがない……熱の下がられたばかりで疲れてらっしゃるんだろうか?
軽い朝食を用意した。それをゆっくりと食べられている間にベッドのシーツを替えて部屋の換気をした。朝の光の中、シーツを手にしたときに、先ほどまで一緒に眠っていた事実を思いだし、恥ずかしくなる。
だけど、目覚める前に感じていた。いつの間にか自分が抱きしめられていたような記憶を……


その日は恭祐様も少し起きあがって身体を動かされていた。これで明日動けなかったら、何にもならないからと。
明日の試験に備えて、その日の夕食には消化がよくて滋養のあるものを用意した。すっかり平らげられた恭祐さまは、幾分か元に戻られたように見えたのだけど……
「じゃあ、ゆき乃は毛布をお借りしてソファで寝ますので、何かあったらおっしゃってくださいね?」
「どうして?ここで眠ればいいだろう。ソファになんか行かずに……おいで、ゆき乃」
ぽんぽんと自分が入っておられるベッドの隣を叩く。
「な、なにをおっしゃってるんですか??恭祐様」
目を覚まされてからの恭祐様は、本当にいつもと少し違って、すぐにわたしを引き寄せようとなさるし、まるで甘えん坊のようにわたしを呼んではその……腕の中に閉じこめようとなさる。
「だって、寒いんだよ?ゆき乃……こっちに来て」
部屋の中はストーブを焚いて十分に暖かいはずなのに?
「明日が試験だって言うのにね、眠れそうにないんだ……ゆき乃のせいなんだよ?」
「あ、わたしの……ですか?」
「そうだよ……こんなにも押さえてきたのに……おまえは一人で僕の元に来た」
「恭、祐様……?」
「ゆき乃の綺麗な乳房を見て、素肌をこの手にして、僕が何とも思わなかったとでも言うの?」
ベッドの前で立ちつくすわたしの腕をとると、いつもとは違う強い力でわたしをベッドに引きずり込む。
わたしはさらさらのシーツの上、恭祐様の下に……組み敷かれて、目の前には恭祐様の真剣なお顔があった。
「ま、待ってください!!」
恭祐様がわたしの首筋に顔を埋められる。なぜ?恭祐様は何をされてるの??
「待てない……こんなままで試験なんて受けられないよ」
その声は甘く掠れたままで、わたしの耳元にに直接聞こえた。思わずずしんと腰の辺りに痺れが走った気がした。
何これ……?わたしは一瞬で動けなくなる。
「ずっと、欲しかった……ゆき乃の全部。あの時、あいつらにひどい目に遭わされた身体を見て、全部僕が奪いたかったほどだ。だけど、ゆき乃は傷ついているし、それは出来なかったけれども、パジャマの上から触れたときも、今も……もう、側で抱きしめているだけじゃ我慢できなくなっているんだよ?」
恭祐様の指がわたしの髪を梳く。頬にかかり、顎をなぞり、唇に触れた。
「ゆき乃には優しい恭祐様のまま、来年おまえが出てくるまでここで待ってるつもりだった。だけど、それまでにゆき乃は僕の所に来た」
髪にキスが落とされる。あの……これって、まさか……??
「熱にうなされる中、僕はずっとゆき乃の夢をみていた。側にいて欲しいのはおまえだけだったから……目が覚めたら、望んでいたおまえがいた。この気持ちを、どう押さえろというのだ?」
「恭祐様、だめです……」
「何がダメなの?悪いけど、もう止まらないよ?身体ならもう大丈夫だから。それに……藤沢力也が本気だと判った今、何も告げず、何もせずにおまえをあの館に残して、平気な顔して上京していられなくなったからね。ゆき乃を今すぐ僕のものにしたいんだ。そうだと実感させて?次はいつ二人っきりになれるかなんて判らないだろう?」
「そんな……いけません!!」
わたしは一瞬抵抗することを忘れていた。あまりにも嬉しく、あまりにも辛い言葉だったから……
恭祐様がわたしを欲しい?わたしを……まさか、まさか、まさか……!?
わたしははっと気がついて、急ぎ組み敷かれたままの身体を捩って抵抗した。
それだけはイケナイ。だめだもの……わたしたちは……
「あいつにも、誰にも渡したくないんだ!ゆき乃、ゆき乃は……僕のものだ。そうだろう?ゆき乃も僕のこと……」
恭祐様の唇が首筋を這っていく……抵抗するわたしの手を一つにして頭の上で押さえたまま、空いた手がわたしの身体に触れる……
「だ、ダメです!!あ、わたしたちはっ……」
「なんだというんだ?身分が違うとでもいうのか?それで反対されることなんてずっと前からわかっていたよ。だから、誰にも気づかれないようにこの思いを隠してきたんだ。ずっとずっと、おまえにも隠してきたんだ……大学に進んで、会社を手伝うまでの間に手を打つつもりだった。誰にも文句を言わせない自分になっているつもりだった。ゆき乃、おまえを手に入れるために、僕はずっと……」
そんな……だって嬉しくても、喜べないじゃない?。
そんな事実いらないのに?
異母兄妹だったら、いくら両想いになれたとしても、それは……意味のない想いになってしまう。
でも、今、恭祐様はわたしを欲しいといった。わたしを手に入れるためにって……その真実だけが嬉しかった。その喜びだけが身体の中を駆けていった。

だけど      もし今、『わたし達は、血が繋がっているかも知れない』と告げればどうなるだろう?

明日は恭祐様の大切な試験の日だ。もし、そのことで恭祐様が動揺されて受験を失敗されたら……
そう考えると、今伝えるべきでないことは、はっきりとわかっている。
今は何も言えない。恨まれても、どう思われても、今は黙っているしかない。
でもこのまま恭祐様を受け入れることも、無理。わたしには出来ない……
だけど、本当なんだろうか?
恭祐様も、わたしのことを思ってくださってたなんて……
もちろん、抱きたいだけでそんなことをおっしゃる方じゃないことはよくわかっているけれども信じられないのが事実。
だって、もし恭祐様に血のつながりがあるかもしれないというコトが知れたとしても、『そのぐらいのこと』っておっしゃられるかと思っていた。『妹だったの?嬉しいな』で済むはずだった。
だから、いつか、打ち明けなければならない日がくるまで、ずっと、隠し通そうと思っていたのに……自分の気持ちと一緒に。
だけど、今この体勢は……
何とかして、恭祐さまの下から抜け出たかった。このままじゃダメだから……
体が受け入れてしまうまえになんとかしなければ……だってこんな罪、犯すわけにはいかないから。
ではどうしよう?今、告げるわけにはいかない。
今だけは……
わたしは覆いかぶさってくる恭祐様の唇から逃げようと必死で暴れながら考えていた。

「ゆき乃、好きだよ……」

その言葉一言で、わたしは堕ちていきそうな自分を見つけてしまった。開かれた胸も、嬲られる胸の先も、敏感に反応をはじめている。あまりにも手早すぎて、わたしは焦ってしまた。
もう堪えられない……

わたしは嗚咽とともに泣き出していた。心も身体も思考も総てがばらばらで、バランスが取れなくなってしまっていた。
「ゆき乃?何で泣くの?もしかして、やっぱり藤沢のこと……?」
「違いますっ!ゆき乃は……恭祐様のものです」
必死で首を振りながら、逃げられない甘い毒に犯されていく。
「本当に?じゃあ……」
恭祐様の唇が動く。既に乱された衣服の狭間、素肌の上を……
身体が震える。でも、だめなのだ……このままでは……必死で頭を働かせる。
「あ、あのっ、わたし怖いんです。あ、んなことがあったし……それに、今は、恭祐様のお体が心配だし、明日は試験だし……あ、わたしが……上京するまで、待ってもらえませんか……」
わたしを捕らえた手が緩む。急ぎ恭祐様の下から抜け出す。
「その間に藤沢力也のモノになったりしない?」
「そんな……なりませんっ、ゆき乃の心は……ずっと恭祐様のモノです」
身体は、いつか汚れてしまうだろうけれども、心だけは……
きっと、血のつながりがあっても、この気持ちだけはもう消せない……禁断の思いでも、死ぬまで口にしなければすむことだ。この後真実を告げるときには、妹としてだったと言えばすむこと。
だから、今は本当の気持ちだけ伝えておこう。
「じゃあ、今夜、抱きしめるだけでも許して欲しい。それだったら、辛くても我慢できるよ?」
この間みたいにって、ことなら……
そう考えてわたしは頷いた。


「ゆき乃……」
恭祐様の腕の中に閉じこめられる。昨夜のように……
「ゆき乃、ゆき乃……」
「んっ、恭祐様約束が……」
キツく抱きしめられる。そして……
「んんっ……」
キス……塞がれてしまった唇に温もりを感じた。最初は優しく啄むようで、それはすぐに深いものになっていく。必死で唇を閉じても、優しく、強く押し開かれてしまう。
どうしよう、ダメなのに……逆らえない……こんなに……嬉しくて、辛い。
涙が勝手に溢れてくる。
「ゆき乃、ダメだよ。男はね好きな女が欲しいんだ……今日はこれ以上は手を出さない。だけど、触れたい……ゆき乃のすべてに……ゆき乃がいいと言ってくれれば……」
「ダメ……」
言葉が続かない……だって、身体はダメだなんて言ってないんだもの。
あんな奴らにされたコトに比べたら、恭祐様に触れて貰えるなら嬉しい以外のものではない。
だけど……
拒否することすら、出来ない自分が嫌だった。異母兄に触れられてキスされて喜んでしまう自分が……浅ましく汚れた存在のようにさえ思える。
背中を這い続ける恭祐様の手、キツく抱き寄せられて、押しつけられた下腹部に熱い塊を感じた。
これは、恭祐様の欲望……
「わかるかい?ゆき乃を欲しいと言ってる僕の身体が……ゆき乃を抱きたいと願う僕の気持ち……」
そんな感情を持ってらっしゃるなんて知らなかった。いつもお優しくて穏やかで……
お寂しい方だというのは判っていた。こんなにも長く側にいるのだから。けれども、恭祐様のこんな男性的な部分にはあまり気がつかなかった。いえ、きっと恭祐様がわたしを怖がらせないように隠してこられたんだと思う。
わたしの奥が犯されていく。恭祐様の存在で……言葉で……
「いつか、きっと貰うから……ゆき乃の全部」


やがて寝息が聞こえ、恭祐様が眠りにつかれたのがわかった。
やはり発熱のあと、お疲れだったのだろう。
昨日と同じ腕の中なのに、わたしは眠れるはずもなく、辛く苦しい朝を迎えた。

      

すみません、禁断ですが未遂ですね。二人とも自制心強い?それとも強くなかった方がよかったんでしょうか?
はう……禁断がお嫌いな方、ごめんなさい〜〜〜〜m(__)m