ドアの向こう側...

あたしはどうすれば良かったのだろう?
昨日あの後、久我は麗奈さんのホテルへ行くっていったきり、朝まで戻ってこなかったらしい。コンドミニアムに行くと起き抜けの男どもが『あの清純な麗奈さんが!』とか『くそ、久我広海の馬鹿野郎』と言ってた。
あたしはやっぱり...とか思いながら、朝食の準備をはじめたら、奴が帰ってきた。
あたしを避ける目?なんで?挨拶ぐらいしろよ!こっちは、それぐらい慣れてんだから!馬鹿っ!
「久我ぁ、朝帰りかこの野郎〜、今日はここ10時チェックアウトだよ?おい?」
わかったってぼそって言った後、美咲になにか渡して、ソファにどっかと腰掛けた。
なんで?どうして?そっちが避ける理由があるわけ?
「竜姫...」
あたしの声の大きさに目を顰めた、低血圧で目覚めの悪い美咲が袋抱えたまま睨んでる。
「どした、美咲?」
「どうしたもこうしたも、あんたね...」
ため息ついた美咲がこっちを睨んでる。
昨日、あれがラストの撮りで、一応ここで皆は打ち上げを朝までやってたらしい。美咲も途中からそっちに引きずり込まれてたらしくて朝まで帰って来なかった。
朝までゆっくりと一人で休んでたから怒ってるのか?あのお祭人間どもの相手独りでさせて悪かったよ!謝るけどなんでため息??
「おはよ〜、竜姫ちゃん、美咲ちゃん。」
眠そうな顔して秀が起きてくる。
「お、おはよ...」
昨日の今日で平気な顔が出来ない。昨日の秀の強引な腕を思い出してしまう。
「竜姫ちゃん身体もう大丈夫?」
「うん、心配かけたね、秀。」
秀の優しい言葉によけい胸が苦しくなる。
あれ?久我、怖い目してこっち見てる?すぐに目線逸らしたけど...。
「ちょっと、竜姫!」
「へ、なに?」
美咲があたしの腕を引っ張ってベランダへ連れてく。台所からでられる方のベランダ。リビングは昨日潰れた仲間達の残骸と、さっき帰ってきた久我と秀がいるから通れない。
「昨日、部屋に誰か来たでしょ?」
「う、ん...秀が来たよ。」
「ええっ?秀が!?」
「うん、で告られた。」
「うそっ!」
「ほんとだよ!断ったけどさ、あたしの久我への気持も全部見抜かれてた。あたし、秀を好きになれればよかったのにね...」
「久我は?昨日来なかったの?」
「はぁ?何言ってるの、奴は麗奈さんとこでしょ?もう傷跡ほじくらないでよ〜慣れたけどさ。あいつが誰と付き合ったって、誰とどう過ごしたって、あたしにはもう関係ないから!」
「えっ?」
「もう諦める。すっぱりと!もう久我広海を見ない、忘れる。そんでもってもっといい男に惚れるようにするよ。秀はあいつに似すぎてて、その気になれないけどさ。あいつのこと知らない誰かと恋愛する!明日っからスカートはいて、化粧して、女になる!もう男っぽく振舞う必要もないじゃん?避けられるぐらいだったら、もういい!やめる!よし決まり!」
「竜姫!本気なの、いつからそんなこと?」
「さっき決めた!久我の奴、女のところから帰ってくるのにあんな避けることないじゃん?今までだったらにやっと笑って『おう、わりぃ』って言うだけだったのに...あたしが何かしたかってんだ!まあ、秀のおかげであたしみたいなのでも男が出来るって証明されたんだ、明日っから頑張るよ!いや、頑張りますわ。」
ほほほっと笑ってみせる。美咲はすっかり呆れ顔だ。あり?喜んでくれないの?いっつもあんな男さっさと見限れって言ってたじゃないの?
「あんたがほんとに、それでいいならね、何にも言わないよ。けど、ほんとにあんた自分がもてないとでも思ってたの?」
「はぁ?何言ってるの〜あたしみたいなのがもてる訳ないじゃない?」
またため息、あたしなんか間違ってるか?
「少なくともあんたは自分で思ってるよりも、もてるはずだよ。明日っから着飾ってうろうろしてたらすぐに男の一人や二人できるだろうよ。でもほんとにそれでいいわけ?」
「だから決めたって言ってるだろぉ?ったく、美咲変だよ?」
もういいよと彼女はうなだれて台所へ戻っていった。


合宿後もしばらくは、なんだか部室に立ち寄る気もしなくって、避けてた。用件だけはメールできてたけど。
まだ夏休みも終わらない9月の初旬、あたしは美咲ん家に寄ったついでに大学へ忘れ物を取りに寄った。部室に置きっぱなしにしてたゼミの資料。あれがなけりゃ休み明けの課題が危ない。夕方まで美咲ん家で時間潰して、誰もいない時間に行こうと考えた訳。

まだ誰とも逢いたくかった。

撮影合宿から帰った翌日から、美咲を巻き込んでの大変身作戦を敢行した。
カットも行ったし、化粧も覚えた。服装だって素足にミュールなんか履いちゃってさ、膝丈のスカートにノースリーブのタンクトップ。一式買い揃えに行ったら、背が高いからモデルみたい、とかいってノセられて買ってしまった服。
美咲と街を歩いてるだけで声掛けられるようになった。でも、そんなんで始まらないよね?本物の恋は...美咲も声かけてくる男どもは相手にしなかったから、今のところ変わったのは外見だけかな?まあ、スカート履くようになってから、足さばきは気をつけるようになりました。開いてちゃやばいし、言葉使いも...ね。
何しろ演技力抜群のあたしだよ?今まで、4年以上親友の演技してきたんだから、今度はいい女の演技をすればいいんだから...


(よかった、だれもいない。)
そっと部室の鍵を開ける。
外は凄い雨だ。美咲の家を出てから振り出した夕立。すぐやむと思ってたら、結構激しくて、あたしはずぶ濡れだった。
(ううっ、もうちょい早く来ればよかったかな?たしか、ここに着替え置いてたはず...)
もう薄暗かったけど、電気つけて誰かが来たら嫌だったので、そのまま自分のロッカーを探す。もらい物のTシャツだったけどまあいいわ。こんな格好で電車に乗ったら危ない気がする。以前はいらなかった心配だ。
(こういうのが嫌だったんだよなぁ)
独り愚痴て濡れたタンクトップを脱ぐ。
(やばい、これカップインタイプだったんだ...)
ブラはつけてない。
(しょうがない、乾くまでここで待つかな?ヒーターつけて乾かせばなんとかなるでしょ)
そう思ってTシャツに手をかけようとした瞬間。
「ガタン!」
椅子の鳴る音がした。
「誰かいるの!?」
振り向いたそこには、一番会いたくなかった...久我広海が、呆然と立ち尽くしていた。