ドアを開けたら...
〜迷走編〜

映研の部室に行くと部員達の私物の中から永田くんのスーツを借りた。彼も身長170足らず。何とかサイズも合う。中のシャツは自前で色の濃いもの。靴は普段からマニッシュなものばかりだからそのなかでも出来るだけ男物っぽいのを選ぶ。髪はショートだから少しワックスで軽く後ろに流して映画用の小物の中から縁のしっかりしたタイプで少しレンズに色の入った眼鏡を取り出す。この眼鏡広海がかけたらめちゃ柄が悪いって評判だったんだよなぁ...
「こ、こんなんでどうかな?」
秀と美咲にチェックを受ける。
「すごいね、ちょっとひ弱そうな優男に見えるよ。」
秀にはOKもらえた。
「竜姫が男だったら惚れてたかも...」
「えっ?」
美咲がボソッと言った言葉にわたしよりも秀が過敏に反応していた。
「み、美咲?まさか本気...」
「だから、男だったらって言ってるでしょう?何心配してるのよ。」
相変わらずのクールな反応に秀はため息をついている。
「とりあえず、行ってみよう。さすがに美咲は連れて行けないけど、車の中で待機しててくれる?外から誰か帰ってきたら携帯にコールしてほしいからね。」


秀の車が大きな洋風の邸宅の門柱を潜り抜ける。もちろん入り口でチェックされてのことだ。
「ここって万全のセキュリティシステムとってるからね。そこいらのこそ泥は入れないよ。」
そう説明された塀の上の有刺鉄線。ちょっとぞっとする。
入り口で出迎えたのは執事の村山さんと名乗る年配の男性だった。秀がなれた動作で屋敷の中に入っていく。男らしく意識して歩く。
「村山さん、広と会わせてもらえる?」
「はい、雅俊さまから秀一様がご心配されてるので会わせてやってくれと言われております。そちらの方は?」
「ああ、僕と広の共通の友人で垣原っていうんだ。こいつが広になんか借りたいものがあるらしくってね。」
黙って男らしくお辞儀してみせる。怪訝な顔をしながらも通してくれた。

「広海!」
「え、竜姫?」
べつに鍵がかかった牢獄に閉じ込められてるわけでもない。あいつは自分の部屋でねっころがっていた。
「どうした、その格好...」
くすっと少し笑うその顔は少し痩せていた。
「広海ぃ...」
泣きそうになりながらもその胸の中に飛び込むのを少しためらう。秀がいるのもあるけど、こんな男みたいな格好だし、それに...ほんとはもう別れなくちゃならないかもしれないから...それを確かめるために、広海の口から直接聞くためにここまで来たんだから。
「竜姫、なんて顔してるんだよ?俺を救い出しに来たんだろ?」
「え?」
「兄貴がさ、可愛い王子様が囚われの身のお姫様を助けに来るかも知れないよって。」
手を広げて待ってるあいつの腕の中に飛び込む。広海がちらっと秀の方を向くとはいはいといって後ろを向いた。
「逢いたかった、竜姫...」
耳元で甘い声が掠れる様に囁く。一瞬身体がびくっとして、わたしもと言葉にする前に唇が塞がれた。いきなり激しくて深いキスがわたしをさらっていく。
「ん、んっ...」
少し苦しくて身体をよじるけど離してなんてもらえない。熱くなる身体をきつく抱きしめられる。体の合わさった部分からあいつの熱い想いが流れ込んでくるようだった。
「...竜姫、おまえさ、俺が無一文でもついて来れるか?」
唇は解き放たれても、息切れして喘ぐあたしはあいつの胸の中に顔を埋めたままその言葉を聞いた。
「ついていけるよ。何で今更そんなこと聞くの?」
「そうだよな...でもさ、結構手ごわい相手だぜ、うちの親父。俺がうちの会社には入らないって言ったら、いきなり家の中に閉じ込めやがって、携帯もカードも全部差し押さえて、部屋にあった荷物は帰ってくるわ、車のキーは取り上げられるわ...ま、よく考えたらどれも俺のものじゃなかったんだけどな...俺のものと言えばもう俺自身と竜姫しかねえからな。」
そういって唇の片方を上げてにやっと笑う。広海らしい自信たっぷりの笑い方。大丈夫だ、広海は今までどおりの広海だ。
「そう簡単に思うとおりにもさせてくれないだろうけどな。部屋借りようにも息のかかるとこには手回してるだろうし、映画会社だって、もう無理だろうな...それでもいいか?竜姫さえよかったら俺は今からここを出る。」
「おい、広いいのか?それって竜姫ちゃんを巻き込むことになるんじゃないのか?」
いつのまにかこっちを向いていた秀が詰め寄ってくる。あたしは恥ずかしくってあいつの腕の中でもがくけど、その腕は絶対離さないというほど強かった。
「もう巻き込まれてるよ...竜姫は。どこでどう調べたのか竜姫のこと親父知ってやがった...別れろってさ、竜姫と。でないと大学もやめさせるって言われたよ。」
「...なあ、巻田さんが絡んでるの、おまえ判ってるのか?」
「緋紗子が?...それでか」
ようやく広海の腕が緩んでそこから抜け出す。ずっとそうされていてもいいような気もしたけど、秀の前でずっとそうしてるのはね、やっぱり恥ずかしい。それに外から見たら男同士が抱き合ってるみたいだもんね。
離れてまじまじとあいつの顔を見た。気まずそうな顔...あれ、何で目をそらすの?
「広?あっ、おまえまさか...?」
「...ああ、そのまさかだよ。でも竜姫と付き合いだしてからは相手にしてない。」
え?
「それはまずいだろ?あの女のことだ、きっと色々考えてただろうし、結局叔父さんの愛人であの歳まで残ってたのは巻田さんだけなんだぜ?他は全部寿退社してるだろ?おまえそれは...」
「けれども本気じゃないのはお互いに判ってるさ。緋紗子だって結局は親父に惚れてるんだぜ?本気になってもらえないのが悔しくてあんなふうに振舞ってるだけさ。」
「そりゃそうだろうけど...おまえはあの親父さんに似すぎてるんだよ。」
えっと...ここに美咲がいたら説明してもらうんだけど...もしかして、あの秘書さんとずっと続いてたってわけ?16の時からだから、6年間も??
「あ...あの、さ...」
わたしが口を挟むとやばいって顔して二人が黙り込む。
「あたし帰る...」
「た、竜姫?!」
「帰ろう、秀。」
ああ、もうなんか腹が立って来た。
「おい、まてよ!くそっ、秀、悪いけど外出ててくれ!」
やだ!腕つかまないでよ、痛いじゃない!
「広?」
「頼むよ、こいつにわからせないとな...」
なにを?判ってるわよ。そういう関係だったんでしょう?あたしと付き合いだしてそれからは逢ってないんでしょ?それでいいじゃない...でもね、あたしその間ずっと久我広海に片思いしてたんだよ?なんかその事実が辛くなってきた。色々な女の子と付き合ってたのも知ってる。でもその裏で?あの綺麗な女と...
思い起こされる、あの女の笑った顔。何でも知ってますって言ったような顔...
いやだ、なんか、いやだ!その手を振り解こうともがく。
「わかったよ、無茶するなよ...」
そういって煙草を吸う振りして外に出ていく。
「やだ、秀、行かないでよ!あたし帰るんだからっ!!」
「だめ、おまえはこっち。」
後ろから羽交い絞めにされる。なんなのよっ!
「聞けよ、竜姫には全部話すから、おまえは聞いても苦しむくせに、言わなかったらまた勘違いして暴走するんだろ?」
「しないよっ!大体判ったから、もう離せ!」
「い・や・だ!おまえ俺がここにいる間何考えてたのかわかるか?夢を諦めろといわれた。おまえと別れろと言われた。結婚相手は別に探してやるとまで言われたんだぞ?そりゃ結婚なんてまだ考えてもいなかったけど、俺はいまんとこ竜姫しか考えられない。」
えっと...結婚?そっか、ずっとついていくってそういうことだよね。そりゃあたしだって広海以外考えられないけど...
「竜姫...本気だぞ、俺は...」
「あっ、ん...」
甘い声は耳朶から腰へ落ちていく。首筋に埋められたあいつの唇がゆっくりと下ってくる。抵抗する力が奪われ、突っ張る力もなくなっていく。
どさりと広海のベッドの上に落とされる。
「竜姫、どれだけ俺がおまえを欲しく思っていたかわかるのか?どれだけ顔がみたいと思ったか、声が聞きたいと思ったか...おれは夢も竜姫も両方欲しい!いけないか?」
「あ...だってあたしは、夢を追いかけてる広海が好きになったんだもん...それでいいよ。それに、嫌われて別れるんなら仕方ないけど、他の事情でなんてやだよ...」
あいつの指が器用にシャツのボタンを外していく。
「え、ちょ、なにしてるの?あっ、ひゃん、広海っ!!」
いきなり胸の先にキスされて...感じてしまった。
「いいか、俺が欲しいのは竜姫だ。それ以外の女はもう要らないんだ!俺はきっとおまえが俺を嫌っても離さないと思う。」
ガチャガチャとベルトがはずされてスーツのズボンが引きずり下ろされる。
「広海?あっ...やだっ、外に秀が...」
「おまえが帰るなんて言うからだっ!」
「帰らない!帰らないから...一緒に帰ろう...だから...」
そういうと少し辛そうな顔でゆっくりと身体を起こしてあたしの乱れた服を一緒に直してくれた。
「じゃあこのつづきと、話の続きはここからでてからな?」
にやっと笑って荷物をまとめはじめる。ボストンバッグに必要最小限の自分のものだけ詰め込んだ。
「秀、もういいぞ。」
ドアに向かって声を掛けるとちらっと中を覗いてから入ってきた。
「出るのか?」
「ああ、今までは一応気を使って大人しくしてやってたんだ。竜姫に手を出されちゃまずいと思ってな。けど、竜姫が一緒にいるって言ってくれたから。だから俺はこのうちを出るよ。親父がどう出てくるかは見ものだけれども緋紗子にはもう勝手させないさ。」
「じゃあ、ちょっとまってろよ。」
秀が携帯で電話をかけはじめた。あいてはお兄さんの雅俊さんらしかった。
すぐあとに電話が鳴って執事の村山さんが出たみたいだった。
その死角を使ってあたしと広海がそっと外に出る。
その後に秀が村山さんに近づいて帰るからと挨拶した。村山さんは電話口で頷きながら門の開閉ボタンを押してどうぞと秀を促した。じゃあと声を掛けて秀が車に戻って来るとすぐさま美咲が車を動かした。そのまま美咲の家まで車を飛ばした。


「つけられてないよね?」
美咲がハンドルにかじりついて運転してる。危なくないかな?彼女はペーパードライバーだったはずって思ったら、最近秀の車で練習していたらしい。
「まさかそこまではやらないだろう?広海だって今まで大人しく捕まってたわけだしね。」
「あぁ、話し合いってやつをやってやろうと思ったんだけどな...あのくそ親父にそんな生易しい方法じゃ無理だってわかったよ。」
作戦会議の結果、秀の家やお兄さんとこじゃすぐに見つかるだろうからと、美咲のアパートにかくまわれることになった。美咲は最近秀が借りた部屋に泊まるからと...
でもなんでわざわざ部屋借りたんだろう?秀は自宅から大学まで車で通ってたのに...
「じゃあ、今日は竜姫ここに泊まりな。」
「えっ、どうして?」
「続きがまだだろ?」
にやっと笑う広海とため息つく秀。やだよ、親友のアパートで...それはやだ!
「おい...」
秀が何事かあいつに囁いて、すまなそうに笑って去っていく。
やだよ、美咲まで、置いていかないでよ...
「竜姫、勝手知ったるでしょう?好きに使っていいから、じゃ頑張って。」
何を頑張るのよ〜〜!


部屋のベッドに腰掛けているあいつ。簡単な夕飯を作って二人で食べる。冷凍室にあった冷凍ピラフとインスタントのわかめスープだけどね。
食べ終わってあと片づけして...その間の沈黙が怖くてあたしは広海がいない間に大学であった事など、とりとめもなく話し続ける。
「竜姫、もういいからこっちに座れよ。」
ベッドの座ってる横をぽんぽんと叩く。
「いきなり襲わねえよ。まず話、聞きたいんだろ?」
真剣な広海の視線があたしを捉える。
あたしは素直に隣に腰掛けた。

         

いきなり再会!!早すぎるか?でもそうじゃなきゃ話進まないしね〜〜
今のご時世ですからそんな監禁だなんてされてませんよ。軟禁って言うんでしょうか?もっとハードなのを期待されてた方ごめんなさい〜でもまだまだこれからです。なかなか変わり者のお父上ですし、巻田女史もこれからが出番です!