ドアを開けたら...
〜迷走編〜

11

「ほんとにここでいいのか?」
広海から指摘があった場所に、サークルの仲間たちと機材を持ち込んだ。
「うん、ここのはずだよ。」
仲間達も広海が実家の事情で追い込まれていることは薄々気がついていたようだった。だからといって、ここに呼ばれたことを愚痴るメンバーではない。皆、広海の撮る映像に惹かれてここまで着いてきたのだ。今度広海がどんな物を撮ってくれるのか、絵コンテを頭にたたき込んだ仲間達は期待すらして待ちわびているのだ。
「取りあえず指定された山荘に入って、機材整理しよっか。」
あたしが声をかけると、いったん降ろした荷物を持ち直してみんなが目の前の落ち着いた木造の山小屋風の建物に向かう。ここは先代の先輩から利用させて貰ってる宿泊所で、この辺りには自然も多く、絶好のロケーション地になるのだ。
「こんにちわ、今回もお世話になります。」
代表して挨拶をしながら中にはいると、ロビーのイスから立ち上がった広海がこっちを見て微笑んでいた。
「広海っ!!」
あたしはその姿を見つけるなり、彼に駆け寄った。
「よお、竜姫、来たな。」
「ばかっ!もうちょっと普通に出て行きなさいよ!置き手紙なんて古風なことしないでよねっ!」
あたしは持ってたバックを投げつける。抱きついてくるとでも思っていたのか、驚いた顔した広海は、そのバックを静かに床に降ろすと、ごめんと言ってあたしを引き寄せた。
「ちょっ...」
いくら最近サークル内でも公認だからと言って、人前で抱き寄せるなんて…
「おい、オレには彼女連れてくるなっていっておいて、自分はそれか?」
広海の背後から聞こえた声、背中越しに見上げるソコにいたのは、いつかの文化祭の彼...
「あなたはあのときの...」
「おたくの彼氏に撮らせろって拝み倒されて来たんだけどな...ったく、なんなんだよ、自分はいきなりいちゃつきやがって。」
「ああ、悪い。竜姫があんまりにも可愛い反応するもんでね、つい。」
つい、で人前で抱きしめるのはやめて欲しい。
ようやくあたしを離した広海はみんなの前にその彼を連れて行く。
「覚えてるかな?去年の秋の学祭に来てて、少しだけカメラ回させて貰った彼だ。」
「来栖、遼哉です...」
ぺこりとお辞儀する長身の彼は、目にかかった柔なから前髪をぷるっと頭を振って払うと、きつめの視線をコチラに送ってくる。
「絵コンテの少年、いえ、青年って彼だったんだね...」
あれだけの演出に耐えうる強い視線と、きれいな顔立ち。そして何よりも、その雰囲気は見る物を見せつけるだろう。カメラを通した彼、来栖遼哉は皆が驚くほどの色香のような物を醸し出していたからだった。
「ああ、コイツが撮りたくて、関西まで口説きに行ってた。」
「口説かれたんだ、広海に...」
あたしが尋ねると来栖くんは広海の方を睨み付けた。
「ああ、だってコイツしつこいんだからな。おまけに...オレの彼女使いやがって...」
悔しそうに舌を鳴らす。広海ったら、なんかへんな手使ったんだろうか?
「彼女いたろ?あの可愛い子だよ。その子が、やってみたらって、『あたしも見てみたい』って言ったら、早かったよな?コイツほんとにあの子、紗弓ちゃんだっけ?にメロメロだからな。」
「だったらなぜ連れて来ちゃいけなかったんだ?」
どうやら来栖くんはそれが一番の不服だったらしい。
「今回は、おまえのその挑戦的な、何か足りないって目を撮りたかったからだよ。」
ああ、そうか...今回のストーリーを思い出す。
広海の撮りたい物が見えてきた。目の前で言い争ってる二人をよそに、みんなの目が余計に輝いてくのが判る。広海は、このフィルムで勝負する気なんだ。


「シーンNo.54、行くぞ!」
ようやくまった雨の中、森の中の大木に走り寄り、怒りをぶつける。ひとしきり肩を振るわせた後、幹に背を向けて、濡れた前髪を張り付かせて天を仰ぐ切なげな表情の彼。
自分が素直になれなかったせいで、彼女を深く傷つけ、自らそのもとを離れた彼は、自分の心を押さえ、苦しんでいた。
その姿は驚くほど扇情的で、濡れて張り付いた服すらも彼の色香を演出した。
「この顔が撮りたくて、彼女と離したんだ...」
広海は1週間、日に日に険しくなる彼の表情をとり続けた。ここは携帯の電波も入りにくく、公衆電話しか使えない。昨日から来栖くんの彼女と連絡が取れないらしく、いらだちがそのままカメラから伝わってくるほどだった。
彼の気持ちがわかるのか、広海は絶妙なアングルでカメラを回し続けた。切なげに細められる目線。彼女のことを語るときだけ緩められる表情まで広海は撮り続けた。
相手役の女性は絶えずフレームの外から彼に話しかける。広海はそれを彼女だと思えと演技指導していた。カメラテストではなかなかそうも思えなかったのに、本番には切なげな表情や甘い顔を見せる来栖くん。
天性の役者のような気がした...

ラストシーンは、雨の中、初めてフレームインする彼女を抱きしめてキスをするて段取りなんだけど、いちおうサークルの中で一番背格好が来栖くんの彼女に近い子にやって貰うことになっていた。昨夜そのことで来栖からあたしにしろと言ってきて、広海がまた本気で怒ってたんだよね。冗談に決まってるのに...
「どうせなら、おまえの彼女貸せよ。その方が雰囲気でるだろ?」
「駄目に決まってるだろ!誰がおまえに竜姫に触れさせるもんかっ!くそっオレだって我慢してるんだからなっ!」
実は、彼女を呼べなかった来栖くんが、おまえも我慢しろと、広海があたしの部屋行かないと約束させてしまったのだ。
「オレも我慢してるんだ、おまえだけいい思いはさせてたまるか!」
子供のような喧嘩に呆れる。けれどもいつの間にか二人の間には信頼の糸のようなものが出来てていたと思う。
きっといいモノが撮れる...あたしはそう確信していた。
そりゃ、近くにいて愛し合えないのは寂しいけど、みんなで遅くまで飲んだりしゃべったり、それはそれで、すごく楽しかったんだから...

「シーン58、スタート!」
「遼哉ぁ!」
そう彼の名を呼んで駆け寄るのは...
「紗弓?」
そう、実は今朝こっそりこっちに来て貰ったのだ。これは紗弓さんと広海が約束してたことらしい。一人ではと、紗弓さんの親友の女の子も着いて来てくれた。彼女は広海と仲のいい野球部の主将をしてた今村くんの彼女らしい。
目の前では信じられないようなラブシーンが繰り広げられている。
あとで多少吹き替えるものの、本物の彼女の登場に来栖くんは驚いてからも演技を続け、笑顔で自分に駆け寄ってくる彼女を受け止めると何事か囁いて、きつく抱きしめた後、奪うようなキスを続けていた。本気のキスだって周りにまでわかるようなキス...
紗弓さんの腰が砕けて脚の力が抜けていくのがよくわかるもの。
あんなキスされたら...一瞬ぞっとした。広海の方を見るとニヤって笑ってる。
目の前では地面に座り込んだ彼女に何度も優しいキスを落として囁くシーンが繰り広げられている。
「カーット!」
広海の声で全員が我に返る。タオルを持ったスタッフが二人に駆け寄る。
「これがやらせたかったのか?今回は乗ってやったけどな...高くつくぞ?」
「おまえは明日の朝までフリーだ。それで勘弁しろよ。明日は少しだけ彼女を撮らせてくれないか?」
「やだね。オレの彼女を他人に見せたくねえ。それもあんたが撮るんなら尚更だ。あんたはオレのこと、カメラの中では裸にしちまっただろ?」
「ははは、わかったよ。じゃあ、遠目で、ロングショットしか撮らない。近づけるときはフォーカスかける。それでどうだ?」
「それならな...それじゃ、籠もらせて貰うぜ、悪いな。」
にやりと凄んで笑った来栖くんは、あたふたとする紗弓嬢を自室へと引っ張っていく。
あれて、やっぱり...きっとはじめちゃうんだろうなぁ。真っ昼間にずぶぬれの二人...
「オレも籠もりてえ...」
隣で呻くヤツ。
「あと風景だけでも20カット残ってるけど?」
そう言ってるのに腰に回される手。
「あいつも溜まってるだろうけど、オレなんか、あの日からずっと...なんだけど?」
熱っぽい目で見ないで欲しい。あたしだって無反応な訳じゃないんだから...
それほどまでに広海の慣らされてしまったこの身体。
「えっと...今夜だったら...」
思わずそういってしまってから気がついたんだけど...もしかしてあたしから誘ったってことになる?
「だったらおまえの部屋に行くから...」
今回、女子は数人しかいなかったので一人部屋だったんだけど...そういうことになるよね?
「仕方ねえだろ?オレの部屋だぞ、来栖のヤツが籠もってる部屋は。」
「あっ...そっか。」
来栖くんと広海は打ち合わせだとか称して同じ部屋に寝泊まりしていたんだった。
「さてと、もう一がんばりするか。」
「うん、今回は自信あるんでしょ?広海。」
ああ、と頷くその表情は、自信に満ちていてすごく男らしかった。