ため息の数だけ...

あれから何度抱かれたのだろうか?
約束どおり会社の方では、誰にも言わないでくれてるし、そんな素振りすら見せない。相変わらずの優秀な後輩営業マン振り。
なのに...

「やぁ、もう、許してぇ...」
「ダメですよ、まだ僕は満足してませんから。まだ離してあげませんよ。」
素直で優しかった彼が私を抱く時、妖しい笑みを浮かべている。
あの日、帰りも散々車の中で甚振られた後、高速沿いのホテルに連れ込まれて夜まで離して貰えなかった。週末ごとに呼び出されては、激しく攻め立てられる。
私を抱くその腕は優しく、決して身体を傷つけることはないのに、何かしら苛立ちを隠しきれない激しさで、何度も挑まれ続ける。
優しいかと思えば急に意地悪になる。
ほんとうに会社とは別人。
結局は彼の出す条件を飲んでしまった私がいけなかったのよね。
でも、三谷くんは完全に開き直ってるみたいだし、あたしはばれるのが恥ずかしいと言うよりも怖かった。
だって、どうみたって私が無理やりって感じよ?彼、会社では温厚で大人しいイメージだもの。
<あくまでも身体の関係ということで、お互いの生活には口を出さないこと
決して名前では呼ばないこと(会社でその癖が出たら困るから)
早く恋人を作るよう努力すること。>
この3つは、帰りに連れ込まれたホテルのベッドの上で、必死に抵抗しながらあたしが上げたもの。三谷くんも、この条件は飲んでくれた。



はぁっ。
またため息。
あれから1ヶ月。引継ぎも終わって、三谷くんの担当区域も決まり、彼は私の指導の元を離れた。替わって2年目のちょっと使い物にならない峰岸って子を私が再教育することになった。
いままでのように一緒に出かけるわけじゃなくなって、ほっとしてた。
週末になると電話がかかってきて呼び出される。不倫してることになってるから、主に土日、そのままホテルへ連れて行かれる。彼は自分の部屋に連れて行きたがるのだけど、それだけは頑として拒否している。一度だけ彼の部屋に無理やり拉致された時に、年齢差を感じちゃったのよね。部屋のあちこちに彼の好きなものや生活が見えて、そこにいると、彼の恋人にでもなったかのように錯覚してしまう...。
いけないと思ったもの、それじゃお互いの生活の中に入ってしまうから。それ以来、彼の部屋へと言われても、ホテル代で済むなら私が出すからと、拒否した。あたしが出すのすごく嫌がるけど、普通年上の女だったら奢ってもらえてラッキーって思わないかな?その辺すごく昔風なんだよね。
もちろん、私の部屋なんて問題外。何度かマンションの前まで車で送ってはもらったけど、『いつ、彼が(不倫の相手)来るか判らないから。』って言ってあるの。

珍しく金曜の夜に携帯がなった。
『いま自宅ですか?』
『ええ、そうだけど...どうしたの、こんな時間に珍しいわね。』
『ねえ、先輩、不倫してるなんて嘘だったんでしょ?』
『な、何言ってるのよ!嘘じゃないわよ。』
『この一ヶ月、先輩は夜誰とも逢ってないじゃないですか?一応その時間帯は今まで遠慮してたんですよ。』
『何を、たまたま今月は忙しかったのよ。でも、これから、そう、これから逢うのよ、先週だってちゃんと逢ってるんだから。三谷くんが知らないだけよ。』
『嘘つきだね。まだ嘘つくの?俺ずっと見てたんだよ、先輩の退社後の行動をね。』
『何ですって?あなた今、いったいどこにいるの?』
『...あなたのマンションの下です。』
急ぎマンションの6階の部屋の窓から下を見る。
三谷浩輔が携帯電話片手に街灯の下に立っていた。
『部屋に入れてくれませんか?なんならここで大声で先輩の名前呼びましょうか?』
『なっ、そこにいて、行くから、動かないでよ、叫んじゃダメよ!』
焦りまくる私はサンダルを引っ掛けると上着を着るのも忘れて飛び出した。


「ね、どういうこと?お互いの生活には口出さない約束のはずでしょ?」
着替えてきたのか、ジーンズにタートルのセーターとハーフコート姿の彼は、ポケットに手を突っ込んだまま外套の柱にもたれてる。思いっきり不機嫌そうな顔してる。いつものすっきりしたスーツ姿もいいけど、なんか可愛くって、思わずどきっとして見とれてしまう。暗いからわかんないよね?
「嘘は問題外じゃないですか?どうせばれますよ、これから彼が来るなんて嘘。」
「ううっ、それは...」
「と、とにかく、部屋に入れてくださいよ。かれこれここに2時間以上ここにいるんですけど、さ、寒いんです...それとも、暖めてくれます?」
ぐっと一歩彼が近づいてくる。腰に手が回ってるよ、もう!
「だめっ、だめだったら...」
キスしようと近づく彼の顔を思いっきり押しのける。なのに強引に引き寄せられる。
「んんっ!」
いとも簡単に彼に塞がれるあたしの唇。息もつかせぬ勢いで絡め取られて、その激しさに頭の芯までがぼうっとしてくる。この1月の間にあたしを知り尽くした彼は、その指先で首筋と腰のラインをさわさわとなぞり、あたしの体の力が抜けていくのを確認するとようやく唇を開放した。
「ここでされたいですか?」
耳元で意地悪く囁く。
「だめっ!な、何考えてるのよ!」


結局、彼を部屋に入れてしまった。あのままだとあそこで何されてたか...
嬉しそうに部屋の中を見て回る彼。
もう完全に諦め状態のわたし。
「やっぱり、男の気配なしだね。」
すっごく嬉しそうな顔でそう言って私のそばに寄ってくる。いずれは、ばれると思ってたわ。けどね、気付かない振りぐらいしなさいよ。その方が自分のためでしょ...
「これでも今まで随分と、そのいもしない不倫相手に遠慮してたんですよ?キスマークや跡形つけちゃダメだろうと、すっごく気を使ってたんですけどね!」
たしかに、キスマークはつけられたことなかったけど、そんなに気を使ってた?結構思うがままって感じだったけど...
リビングのフロアでクッションを抱え込んでガードしてるあたしの目の前に来ると、真っ直ぐにあたしの顔を覗き込んでくる。怒ってるような目が居た堪れなくて、視線を逸らすけど、顎に手をかけて引き戻される。
「不倫相手がいるとでも言えば僕が諦めると思ってたんですか?」
「そ、そうよ、いけない?普通そう言えば身体の関係なんて迫ってこないでしょ?」
「妻子のあるような男に負けるつもりはありませんでしたけど?ただあなたの気持を考えて遠慮してただけです。なのに嘘だったなんてね。僕の気持なんて無視ですか?本気だって、何度も言ってるのに!」
「だって、信じられるわけないでしょ?10も下の若い男の子の何を信じろって言うのよ?やりたいだけで、そのために30過ぎたおばさんに好きだとか、綺麗だとか、思ってもいない言葉並べて、身体目当ての遊びだって方が信じられるわよ!」
クッションをひったくられた後、ドン!とフロアに押し倒される。毛足の長いラグマットがなかったら思いっきり頭打ってたと思う。逃げようともがく手首を捕まえられて床に押し付けられる。
「ほんとに、そう思うの?僕みたいな若造は相手にしてもらえないって思ってたのに、あの日あなたを抱けて、自分の物になってくれるって、一人で有頂天になって...なのにあなたは忘れようって、不倫の相手がいるって言い出すし...でも、あなたを思う気持や、体力的には不倫の相手に勝つ自信がありましたからね。だってあなたの身体がそう教えてくれたんですよ?いつも僕に感じて、すごく素直な身体なのに...。だけど、これだけ言っても貴女は何にも信じてくれないの?僕がいくら言ってもダメなの?」
ブラウスの合わせに手をかけて思いっきり引き裂く。
「何するの!!」
首筋にきつく吸い付いてくる。甘い痛みが身体を走る。
「やあっ...」
「ほんとに正直なのはこの身体だけですよね。」
「やめて...」
「やめない、もう誰に遠慮しなくてもいいんだ。だったら、今夜から徹底的にこの身体にわからせてやる。」
「や、離して、んんっ!」
もがくあたしの唇を塞ぐ。
「僕の本気、見せてあげますよ。」
三谷くんの目が目が妖しく輝いてあたしを支配していった。