ため息の数だけ...

「おばちゃん寝ましたよ。」
お風呂から上がってくると三谷くんが一人であとかたずけをしていたので手伝う。
ほんとうに楽しいお酒だった。久しぶりに誰かと取る食事、交わされるたわいもない会話。心が癒されるって感じ。
その結果私は思ったより酔いが回ってしまい、先にお風呂をもらってる間に、おばちゃんは休んでしまったようだ。
「これ、雪見酒にって置いてきましたけど?」
「まだ飲めってことね。」
テーブルに用意されたお銚子と2つのおちょこ。笑ってつまんで見せた。
「じゃあ、私がこれ、部屋でもらおうかな?」
あらかた済んでいた片づけを済ませて、お銚子ののった小盆を手にした。
「じゃあ、僕もお風呂もらってきます。」
「ん、三谷くんの着替えだっておばちゃんが浴衣脱衣所に出してたわよ。」
「浴衣苦手なんですけどね。先輩は似合いますね、その浴衣。」
「褒めてもなんも出ないよ。」
私は笑って二階の客間に入る。三谷くんは息子さんの部屋を空けてもらってるらしい。
(まだ雪降ってる。)
街灯に照らされて深々と降る雪が窓から見える。お銚子を傾けて自分についで口をつける。
(おいしい。女一人雪見酒、柄でもないかな?けどこんなのが似合っちゃう歳になったんだろうね。)
なんだか寂しくなってきたのを誤魔化すように杯をあける。甘口でいくらでも飲めそうなのが怖い。
(また酔っ払っちゃいそう。)
窓枠に手を置いてもたれかかる。雪を見るのは好きだけどずっと見てたら切なくなってしまう。
ため息が知らず知らずにまた一つ。


「先輩、ちょっといいですか?」
ふすま戸から顔を出して返事も聞かずに彼は部屋に入ってきた。
「えっ、ちょっと三谷くん?」
「うわっ、ここすごく眺めいいじゃないですか!僕の部屋は隣の壁しか見えないんですよ。ちょっとだけ一緒に雪見酒させてもらってもいいですか?」
「もう、こんな時間に女性の部屋訪ねてくるって、非常識だよ。きみらしくないわね。まあ、この雪景色に免じて許してあげるけど、一杯だけね。」
小さな机のはす向かいに彼は座り込んだ。浴衣姿で胡坐をかくので彼の素足が見えてドキッとする。袖から見える腕も筋肉質。少し嫌そうな顔をしてやったが、そんなのにはお構いなしに私のお猪口にお酒を注いでくる。仕方なしに返杯する。
「僕らしいってどう言うのがそうなんですか?」
なんか真剣な目してない?お風呂で酔いはさめたでしょうに。
「どうって、三谷くんは若い割には常識的だし、あんまりふざけたりしないでしょ?基本的には人の嫌がることや、その人のテリトリーに無理やり入ってきたりしないはずよ。」
「ふうん、そんな風に思われてるんですね。だからこうやって一つ部屋にいても危険を感じない?」
「そ、そうね、信頼関係をそんなことで簡単に壊したりしないはずだわ。」
話し方が昼間と全然違ってない??どうしたんだろう、酔ってるのかしら?でも強いって自分で言ってなかったっけ?。
「じゃあ、先輩がどんな風に思われてるか知ってますか?」
「......」
嫌な言い方だわ。あたしがそんなによく言われてないのぐらいわかってるわよ。仕事の出来すぎる女はとかく杭を打たれるもの。でももう打たれすぎて慣れちゃってます!
「仕事のできる女、隙がない、可愛げがない、でも嫌味もない。」
「ちょっと、喧嘩売ってるの?」
「結構美人なのにあんまり飾り立てない、人の悪口、陰口はたたかない、さっぱりしてる、意外と涙もろい、気配り上手、病人には優しい。」
「何それ?」
「これ全部営業課内で言われてること、プラス俺の思ってたこと。」
「もういいわよ、酔ってるんなら部屋に戻りなさい。」
「僕が怖いですか?」
「何言ってるの、もういい加減に、きゃっ!」
テーブルを飛び越えて彼の腕が伸びてくる。腕をつかまれ強い力で引き寄せられる。
「やめて!何考えてるの!」
「あなたのこと考えてますよ。忘れましたか?夏に僕が風邪引いた時に気をつけなさいって薬と栄養剤くれたの。誰にも気付かれない様にしてたのに、あなたは僕が熱出してるのに気が付いたでしょ?誰にでもそうかもしれないけど俺は嬉しかった。だからそれからずっと先輩を見てたんですよ、気が付きませんでしたか?」
「そんなの...」
両手をつかまれて、すぐ目の前に三谷くんの顔がある。男の人の顔してる。いつもの可愛い後輩の爽やか青年じゃなくなってる。
「いつも気を張ってる分、気を抜くとふにゃって顔になる。雪を見るのが好きですぐにぼーっとなるし、ため息をつく。酔いはじめると目が潤んでめちゃくちゃ色っぽくなる、浴衣が似合う色っぽいうなじをしてる。意外と胸もあって、浴衣のあわせから胸の谷間が見えて男を誘ってるみたいだ。」
「もう、やめなさいってば!三谷くん、あなた自分が何してるのかわかってるの?」
「判ってますよ!ほんとはこんなことするつもりなかった...ただ一緒に営業に回れて嬉しかったんですよ。意外なとこ一杯見みれましたしね。だけどこうして足止めくらって一緒に食事して、お酒のんで、浴衣姿なんか見ちゃったらもうだめですね。こんな年下の男相手にされないと諦めてたのに...僕のことめちゃくちゃ意識してませんでした?」
「し、してないわ!意識なんてしてないわよぉ!」
「僕にすごく気許してくれてませんでした?」
「うっ...」
それはしてたかも。だってほんとに信頼できる子だなって思えたんだもの。なのにもう!
「知らない、もう気は許せないわ!こんなことするなんて。酔ってるんでしょ?今なら忘れてあげるから。ね、離して...」
片手を離すとテーブルの上のお銚子をいきなり口飲みし出した。
「なっ、んんっ!」
畳の上に押し倒されて、片手で両手首を頭の上で組み敷かれる。そのまま唇を塞がれると同時に舌で割り入って甘口の日本酒が流し込まれてくる。
「ううんっ..ゴクッ」
不意の事に逆らう暇もなく、一気に飲み込んでしまった。
「酔ってることにしてくれるんならいくらでも酔いますよ?深沢先輩。先輩も酔わせて上げますってば。」
「んんっ!」
何度も注ぎ込まれて、頭がぼうっとしてしまう。
「先輩、綺麗ですよ、そのとろんとした顔。ほんとにそれで誘ってないつもりなんですか?お願いですから会社でそんな顔見せないでくださいよ。」
あたしの口元から流れ出たお酒を丁寧に舐め取っていく。そのしぐさがすごく緩慢でエロチックだった。押し倒されてむちゃくちゃ乱暴にされるのかと思ってた。
「僕は先輩が好きです。嫌だったら本当に大きな声出して僕の事跳ね飛ばしてくださいよ。そのくらいの力加減してますからね。そうじゃなかったら、酔ってることにして僕の物になってください。」
力はもう入らなかった。大きな声を出す気も失せている。
きっと酔ってるんだ、あたしも彼も。
男の人は女の人としたくなったら、好きでなくてもそのくらいのこと言ってくるよね?きっと彼も今彼女いなくて寂しいんだ。あたしもきっと寂しかったんだ。だからため息ばっかりついちゃうんだ。どうせ10も離れてるんだから本気じゃないだろうし。今だけ、酔ってもいいかな?身体だけでも暖まれるなら...
「先輩、ほんとに、いいんですね?」
浴衣の袖から出た彼の綺麗な手が私の身体をまさぐり始める。
(酔ってるから、雪のせいなんだから...)
呪文のようにそう繰り返すあたしの思考回路は、もう完全に三谷くんの囁きに支配されていった。