ため息の数だけ...

私は強い女。
仕事も出来て、一人で生きて行けるはず。
もう何年もそうやって来た。
これからもずっとそうしていくつもりだ。
なのに...
「はぁ、疲れた...やっぱ年かな?」
ここ数日身体がだるかった。風邪なんてとんでもない!仕事柄元気でいなくっちゃ売り上げに響いてしまう。
――深沢 奈津美、32歳某健康食品会社の営業ウーマン、成績はいつもTOPである。
しゃきしゃきした性格で気もよく付く。前向きな性格が幸いしたのか、営業成績も上々で個店からの評判もよい。見た目も人好きのするタイプで色々な催事にも借り出される。けれど出来ると思わせるその雰囲気は営業に役立っても女性としてはまったく役立っていない。そこそこ付き合った男性もいたけど、皆仕事一筋の彼女から離れていく。いつも別れの言葉は同じ。
『君には仕事があるから...』
そういって家庭に収まる穏やかな女性を選んでいくのだ。
寂しいと思ったこともある。けれど仕事が認められだしてからは気にならなくなっていく。そこまで夢中になれる相手に出会わなかったのかも知れない。プライドが高すぎるのかも知れない。けれどはっきりと言えるのはそれらの男性が女性に求めているのが安らぎだったり、家庭を護ってくれる相手だったりするのだからしょうがない。そんなものに自分はなれないのだと思っていた。
――だから、このままでいいと思っていた。なのにこんなにもため息が出てしまうのはなぜだろう?


「深沢先輩?」
声を掛けられてふと気付く。営業周りの車の中だ。12月も半ば、寒さしのぎの暖房が効きすぎてたみたいだ。
「ごめんなさい、ちょっとうとうとしてしまったわ。三谷くん道大丈夫?」
営業車にナビは付いてない。地図片手になのだがこのコースは私の担当地区なので道は頭に入っている。なのに不覚にも居眠りしてしまってたみたいだ。
三谷 浩輔、今年入社した新入社員で、研修期間を終えて何人かの指導員について営業のお勉強中ってところ。私で3人目かな?中々落ち着いていてしっかりしてるし、やる気もあるので楽させてもらってる。
彼にもそろそろ担当区域与えてもいいかなって上と話して、私の持ってるところを半分ってことになったんだけど、中々交代を許してくれない頑固なところが多いので、ここんとこ一緒に回って慣らしてる最中。
彼なら大丈夫だと思うのよね。やけに落ち着いてるので聞いてみたら、祖父母に育てられましたって言ってたし。頷けるところはたくさんあるのよ。礼儀正しいし、お箸の使い方も上手。ゆっくりと人の話が聞けて、やたらお年寄り受けする。これって営業にはとっても有利であったりするのよね。健康食品のヘビーユーザーはお年寄りだったりするし、またそれを販売する店主側も高年齢化してるので受けがいい。
「この道当分真っ直ぐでしたよね?先輩もうしばらく休まれててもいいですよ。ちゃんと目的地までお連れ致しますから。」
そう爽やかに笑ってみせる。銀のハーフフレームの眼鏡の奥の目が細くなる。こうやって車で一緒にいるとよく観察できてしまうんだけど、彼中々いい顔してるのよね。切れ長の目なんだけど微妙に上がってなくて優しいの。睫も結構長いわよね、男の癖に羨ましいくらい。細身だけど運動部出身って感じ?すこし日に焼けてて、結構がっちりしてるかな?言葉使いが完璧敬語なので、もうちょっと普通でいいわよって言ったら先輩にため口は聞けませんって、やっぱ体育会系だわ。
こんな余裕の観察が出来るのも年の功なのかしら?出来れば自分の指導した子はいい成績出せるようになって欲しいものね。その点では三谷君は合格点。
「お疲れじゃないんですか?先輩の受け持ち範囲って都会から田舎まで結構広いですよ?一県まるまるって無理あると思うんですけど...特にこの県は海あり山ありですからね。」
だからその半分を彼に担当してもらうつもりだけどまだ言ってない。お得意さんの反応を見てから報告することになってる。
山ありの地区から海ありの方面へ走る田舎道。高速ばかり使っていられないのは途中点在する取引先の個店に立ち寄るからである。帰りは高速を使えばなんとか営業所に辿りつける計算の強行軍。
「君こそ眠くなったりしない?横で寝ちゃたりしたら余計眠くなるもんでしょ?」
「う〜ん、僕は車運転するの好きなほうなんで苦にはならないですよ。それよりも先輩が寝ておられるの見てると信頼されてるのかなって、嬉しくなっちゃいますよ。」
「そう?君の運転は落ち着いてるからはらはらしなくていいわね。君の2こ上の長野が入りたての頃なんて、免許取立てで隣に乗ってるの怖かったわよ。」
あいつはほんとに怖かった。運転の途中意識飛ばす癖あったしね。今じゃ電車で回れる都会中心に回ってるわ。
けれど、あたしって付き合ってる彼氏の車でも落ち着けなかった口なのよね。自分が普段営業で車乗り回してるもんだから、休日ドライバーの運転なんて、違う緊張しまくってたわよ。まあ、若い時の話ね。
「そこのコンビニで休憩しましょ。この先店なくなるし、お昼買って車で食べましょうか?」
余裕で駐車場に車を入れる。店の前にしか止めるところがなくて、バックで入れてる。さりげなく左手が助手席に掛けられてすこしドキッとした。結構慣れたそんなしぐさに男を感じてしまう。30過ぎたら男作るの面倒になっちゃったからなぁ。欲求不満に思われないように努めて平静を装う私。ちょっと馬鹿みたいだね、10は下の男の子に男感じてどうするのよ...いくらジャニーズが流行ってたって、一番最初に結婚した子なんてもう子供が高校生だって言うのに!あぁ、またため息。
ため息の理由――年齢。感じてしまうのよね、こうやって若い子と組まされてるとね。自分がおばさんに見えないように取り繕っても見るけど、たいてい無駄に終わってしまうもの。

「深沢先輩って喫茶店とかあまり好きじゃないですよね?」
「えっ、だって時間もったいないじゃない?コンビニで買えば安くつくし、時間も短縮できるわよ。昔なんてね、こんな店なかったからお弁当こしらえておにぎり食べながら運転したものよ。少しでも多くのお店を回りたくてね。」
「へえ、それいいですね。今度このコース走るとき僕の分もお願いしますよ?なんだかピクニックみたいで単調な運転が楽しくなりますね。」
「もう、私にじゃなくて彼女にでも作ってもらいなさいよ。君事務の女の子達にも人気あるわよ?頼めばすごく豪華なの作ってくれるわよ。」
ちょっぴりときめいたのを隠しながら切り返す。もてるのは本当。おそらく新入社員の中では一番出来そうだし、見かけもいいものね。
「そんな、僕彼女いませんよ。それに事務の子達ってけたたましくって苦手なんですよ。すぐに噂話の餌にされそうで怖いです。できれば僕は先輩の作ったおにぎりって云うのが食べてみたいなぁ。先輩の事だからなんか普通のおにぎりって感じしないからおいしそう。」
「どういう意味よ、もう。そりゃ具も全部中に入れたお弁当おにぎりだけどね。手早く食べれていいのよ。そのかわり一個が大きいわよ。」
「やっぱりね、そんな感じしたんですよ。そういうのっていいなぁ。」
今日はなんだかいつもの敬語オンリーじゃなくなってきてない?まあ、いいけどね。
車中での食事をさっさと済ませると、余分に買ってきたコーヒーを渡しながら急いで車を出すように云った。あんまりゆっくりしてると今日の予定が回りきれない。
「とりあえず今日中に帰れるように頑張って回りましょう。」