Recipe...No000. Mimosa & Kir Imperial 
(ミモザ&キール・アンペリアル)
2

 

 
 
<<カクテル・バージョン/伊吹>>
 
女性が化粧室から戻って来ると席に着いたのを見計らい、言葉を選んで彼らに声をかけた。
 
「それでは次のカクテルは私が選ばせて頂いて宜しいでしょうか?」
 
俺が二人にそう言った後、男性の客が小さく目で合図を送ってきた。
さり気ないその所作に、俺は口元だけでニッと笑い返しておいた。
手元にシェーカーを手繰り寄せ、二人分のカクテルを想定していく。
この男性と女性は夫婦。
どうやら、一般的に見られるような夫婦になった経緯とは違うような、そんな関係の二人。
けれど、二人の視線が絡み合うときには、絶大の信頼と愛情が見て取れる。
女性の方には、甘口で飲みやすい、そして少し強めのカクテルを―――男性には、辛口に近いモノがいいだろうか。
それなりに飲んでいるのだろう彼には、口当たりの良いモノを作ってみようか。
そんな考えを巡らせて作るカクテルを決め、そして材料を揃えていく。
まぁ、この男性の好みで考えたら、そういうことも頭に入れておいた方が良いだろう。
相手を酔わせてみたい、と言う気持ちは、きっと男性であれば誰にでもあることだ。
嘗て、俺もまた深里を酔わせてみたいと思ったことがあったが、彼女の場合は、まずそれを考えるだけ無駄というもの。
だからこそ、彼の提案に黙って頷いてしまったのだ。
さて先ずは、男性のモノから作ってしまおう。
ブラック・サンブーカとシャンパン、共に冷やしてあるモノを取り出して、フルート型シャンパングラスの中に入れていく。
コレは、ある有名な映画のタイトルからネーミングされたものだ。
この年代の男性なら、いや、女性でもだろうか、知らない人たちは少ないだろう代物。
スッと作ったカクテルを男性の前に差し出して、いつものように畏まりながらカクテルの名前を口にする。
 
「お待たせしました、ブラック・レインでございます」
 
すると、目の前の男性が少しだけ口元を緩め、一瞬だけ瞳を瞠ったように俺のことを覗き込んだ。
 
「ブラックレイン?もしかして松田優作の?」
 
その言葉に、ニコリと笑みを付けてコクリと頷きながら返事をすれば、二人の表情が懐かしさに揺れた。
きっと、それなりの思い出でもあるのだろう。
 
「オレあの映画見に行ったんだよなぁ...良かったよな、あれ。」
「そっか、見に行ったんだ...」
「あ、えっと、それは...」
 
二人の会話は聞えないふり。
けれど、どうやら男性は他の女性と見に行ったのだろうことが見受けられる。そのせいで、女性の気分が落ち込んでしまったのだろう。
それも見ないフリを決め込んで、早々に、女性用のカクテルを作ることにした。
だが、その間に聞えてくるのは、男性が女性に機嫌を直してもらおうと綴っていく言葉たち。
年齢的に随分と落ち着いている二人には、幸せそうな背景が見えるのに、どこか影が見えるのはその過去が原因なのだろうか。
そこまで考えて、お客さまのプライバシーなど興味はないと、手元に材料を調え始める。
 
「椎奈、俺のカクテル、美味いぞ。ちょっと飲んでみるか?」
「・・・・・うん、ありがとう」
 
お座成りに返事をしながら御礼をいう彼女は、それでもこの雰囲気を壊さないように考えているのだろうことが見受けられる。
もちろん、男性も同じく、という感じだ。
 
「あら、本当に美味しい。でも、少しあたしの好みじゃない感じだわ。」
「ああ、そうかもだな。」
 
それでも、今のカクテルが二人の仲を修復するのには充分だったらしい。
互いに視線を絡ませた後、仲直りのつもりなのか、フッと緩んだ口元とその場の空気。
それを確認した後、俺は手元にある材料たちをシェーカーの中へと沈めていく。
ブルーキュラソー、クレーム・ド・カカオ、そして生クリーム、それらをシェーカーに入れ軽快に振っていく。
いつもなら、この時に深里からの視線が感じられるのに、今日はそれ以外の熱い視線を感じ視界を広げると、目の前の女性が酔って潤んだ瞳で俺の手元に注目しているのが判った。
俺のコトを見てるのではなく、手元。
それは振られているシェーカーだ。
見惚れるような、そんな視線は嫌なものではないものの、その隣で一瞬でもムッとしている存在に気付けば、気分の良いものではない。
きっと、女性にしてみれば、シェーカーを振る仕草が興味の対象なのだろう。
だが、男性にしてみれば確かに気分の良いものではない筈。何しろ、違う男に視線を釘付けにしているのだから。
とは言え、目の前の客に、こうしてカクテルを作る所作を見せるのも、バーテンダーの仕事なのだ。
だから、今は我慢して見ているといい。
そんなことを考えながら、カクテルグラスを引き寄せた。
 
「大変、お待たせ致しました。ブルー・テール・フライでございます」
 
そう言いながら差し出したカクテルだったが、彼女の視線はカクテルグラスに向くこともなく、俺の持っていたシェーカーに釘付けのようで―――。
 
「椎奈?」
「え?あ、ありがとう。何か・・・・とても綺麗・・・ね」
 
そう返事をした彼女の視線が漸くカクテルに向くと、瞬時に変わる表情。
淡いパステルブルーのカクテルは、見た目も可愛らしいモノだろう。
一口、女性はカクテルに口を付けると、また表情が変わった。
 
「わぁ、すっごく美味しい...」
「それは、ありがとうございます」
 
そう何気なく返事をした後のことだった。
女性は、一回離した口をグラスにもう一度つけ、一気に半分程、嚥下してしまったのだ。
あっ、と一瞬だけ瞠目したが直ぐに取り成し、隣にいる男性へ視線を合わせた。
すると、そこはそれなりに経験を積んだ男性らしく、そっと手を伸ばして女性の手からグラスを優しげに取り上げテーブルへと戻す。
それを確認した俺は、口元にシニカルな笑みを乗せて伏し目がちに合図を送ると、男性もそれに応じるよう、女性には気付かれないよう小さく頷いて口元に笑みを乗せた。
 
「あ、あれ?なんか・・・変、目が回るっていうか、あれ?」
「仕方ないなぁ、椎奈は。ほら、もたれていいから。」
 
そう会話を終了させるかのように、男性が女性を引き寄せる。
俺はその所作を見ると、そっとその場から体を離し、深里の傍へと足を運んだ。
気付けば店内も、随分と客が減ってきている。
深里の傍まで行くと、珍しくも手元に視線が注がれているのに気付き、シェーカーを持ったままだったことを思い出した。
フッと笑みを乗せた顔で彼女を見遣れば、何やら物欲しげな顔。
 
「味見、しますか?」
「うんっ!」
 
小さく、けれどハッキリ即答した深里に苦笑を漏らしながら、彼女の手にしていたバースプーンを受け取って中のモノをそこに注いだ。
深里のウキウキするような表情が顔に飛び込んできて、出来るコトならこのまま唇を貪りたいモノだ、と即物的なことを考えてしまう。
どうやら、昨日までの旅行が緒を引いているのかも知れないな。
苦笑しながら、スプーンを深里の口元に運べば、パクリとそれを口の中へ飲み込ませ、次の瞬間、俺の大好きな笑顔に変わった。
 
「美味しいっ!」
「少し薄くなってるだろうけれどね」
 
そう微苦笑で返事をすれば、急に顔を真っ赤に染める深里。
その深里の視線を辿れば、先ほどまで相手をしていた男性の客がこちらを見ているコトに気付き、ニッと笑ってやる。
すると、相手も然ることながら、同じように笑いを返して寄越した。
お互いさま、というところか。
隣の女性を庇うように、抱き締めるように回された腕は、大切な宝物を胸の中に仕舞いこむ仕草のようにも思える。
俺以上に、彼女へ執着しているのがよく判るモノだ。
深里が、こっそりテレたような笑いを漏らすと、俺もまた他の客にも見せつけるように、深里の腰に腕を回して見せた。
もちろん、深里の抗議など、無視して――――――。
 
 
 
 
 
<<事情バージョン>>
 
(やってくれるな...)
圭司は女性のバーテンダーを引き寄せたマスターを見て苦笑した。
わたわたと逃れようとする彼女を腕に、涼しい顔でにっこりとこちらを見ているとは、なかなか...二人の深い関係と彼の偏った愛情が見えるようだった。
目の前のブラックレインを最後まで煽ると、圭司は席を立って、椎奈の身体を抱え込むように立ち上がらせた。
勘定を済ますために出口に向かうとマスターが先に立ってくれた。
支払いを済ませる間に、最初に見かけた女性がコートを持ってきてくれる。酔って足元の覚束ない彼女に、中世的なその女性が優しく微笑んでコートを着せてくれていた。ちらっと見るその光景はなかなか絵になる。椎奈が誰かに介抱されてる図なんて今まで見たことも無かったはずだ。
「ありがとう、とても美味しかったよ。」
「楽しんでいただけましたか?」
「ああ、希望通りになったしね。」
圭司も口元を彼のように片方上げて笑い返してみた。
「ああ、良かったらこちらから引いてみてください。当店からのクリスマスプレゼントです。お一人様一枚どうぞ。」
マスターが差し出したガラスの器に入った三角のクジを一枚引いた。
椎奈にも即して一枚引かせる。
「ん〜あけて、圭司ぃ」
甘えた声の椎奈から受け取ったクジを開くとハズレと書いてあった。それを見せると、マスターは小さな包みを手渡した。
「アロマキャンドルです。バスルームとかでお使いになれば、ムードがでますよ。」
「へえ、ありがとう。」
それを椎奈に手渡すと圭司は今度自分のクジを開いた。
「特賞?」
「え?」
「すごいですね!」
いつの間にか寄ってきた、先ほどマスターに腰を抱かれてた女性が驚き顔で覗き込んできた。コートを渡してくれた女性は「おめでとうございます」と綺麗に頭をさげた。
途端に周りからも歓声と拍手が取り囲む。
「な、なんだ?」
「特賞はホテルの宿泊券なんですよ。」
「ホテルの?」
「クリスマスのホテル宿泊券なんて、滅多にないでしょう?どうぞ奥様と思う存分お楽しみ下さい。ジュニアスイートのお部屋をご用意出来てると思いますよ。」
「ああ、このホテルは...」
この辺りから割と近く、椎奈が仕事復帰したときに紹介されてるブライダルルームがあるホテルだった。
「へえ、こいつは...ありがたく楽しませてもらうかな?」
にやりと笑う圭司に、にっこりと意味深な微笑みを返すマスター。
「ええ、タクシーを及びしましょうか?お連れ様はもう歩けそうにないでしょうから。」
「ああ、お願いするよ。」
圭司はこれからのことを思うとにやつきが止まらなかった。
腕の中の椎奈がぐったりと寄っかかってくれる重みが嬉しい。ふにゃふにゃと笑う笑顔が愛おしい。今すぐここで口付けて喘がせたいほど...その衝動をぎりぎりのところで抑える。
 
「よいクリスマスを...」
最後に天使の微笑みの彼女に見送られて、タクシーに乗り込んだ。
 
 
 
 
 
<<カクテルバージョン/深里>>
 
 
素敵なお客さまを店内で見送った後、漸くカウンターの中に戻ったあたし達は、店内の様子を伺いながらカウンターの中を整理し始めていた。
いつもなら、カウンターの中には諒ちゃんや美晴さんが居てくれるお蔭でやることも分担出来ている筈が、今日は美晴さんがお休みということと諒ちゃんがホールを担当していることから、作業内容がかなり広範囲に及んでいる。
こうやって考えると、やっぱり皆が揃ってるのとは違うのだなと思えてならない。
そんなことを考えながら作業に没頭していると、ホールに居た筈の諒ちゃんが傍に来て声をかけてきた。
 
「深里ちゃん」
「あ、諒ちゃん、お疲れさま」
「うん、そっちもね。で、ちょっといいかな?」
「え?」
 
彼女はそう言うとあたしの返事も聞かずに、伊吹の居る所まで連れて行く。
何?何が起こるの?
思わず不安になりながらも、彼女と一緒に伊吹の所までやってくると、いきなり制服の中に隠し持っていたのだろう封筒をあたし達に差し出してきた。
 
「コレ、あたし達スタッフから、お二人にクリスマス・プレゼントです」
「へ?」
 
思わず差し出された封筒を見てから彼女を見遣ると、そこには天使の微笑み。
そして、その後に店内に居るスタッフ達がこちらを見ていて、これまたニッコリと笑っていた。
 
「これは?」
 
伊吹も考えていなかったことなのだろう、訝しげな顔付きで諒ちゃんと封筒を交互に見遣りながら問い掛ける。
すると、彼女は極上の微笑みをあたし達に投げかけてくれた。
 
「ホテルのスイート、って言いたいところですけれど、今回、先ほどのお客さまが受け取っていたホテルと同じ場所の同じジュニア・スイートの宿泊券です。本当は今日、もっと早い時間にお二人に渡して行ってもらうつもりだったのですけれど、随分と予定外のコトを先日して下さったので、罰として今まで働いてもらいましたが」
 
そう意地悪く言う彼女の顔は決して嫌味なモノはなく、けれど口調は紛れもなく伊吹を責めているように聞えた。
確かに・・・アレは予定外の行動だったものね・・・・。
つい苦笑しながら諒ちゃんを見つめていると、封筒は伊吹の手へと渡ってしまった。
 
「え?あ、い、伊吹?」
「せっかくのご好意ですから、頂きましょう。ね?深里」
 
ニッと笑った伊吹の顔は、完全に悪魔バージョンへと変わり、思わず背筋に冷たいモノが走った。
皆して・・・よ、余計なコトを・・・・とは思ったものの、それは決して口には出せない。
と言うか、本当には嬉しい気持ちもない訳じゃないのだ。
だって、こんな風にスタッフ皆からプレゼントを贈られるなんて、考えてもみなかったこと。
確かに、彼らにもクリスマス・プレゼントと称して、あたしから皆に贈り物をしてあるし、伊吹も同様、バイトの人たちには金一封を、そして正規のスタッフにはボーナスを用意してある。
けれど、それとコレとは別問題。
あたしの場合は、先日までのお詫びも兼ねてのモノだったし、伊吹もまたそれを考えてのモノなのだから。
ふと、スタッフ達の居るホールを見渡すと、全員が嬉しそうに微笑んでいた。
ただ、諒ちゃんだけが苦笑をしていて、あたしのことを見つめている。
 
「深里?嬉しくないんですか?」
 
ええ、あんまり嬉しくないです・・・とは言いません。
さすがに今の伊吹へ、そんなことを口にしたら何が起こるか判ったものじゃない。
それを知っているだけに、あたしは小さく顔を横に振って、少しだけ感動しているように装った。
 
「ううん、嬉しい・・・けど・・・・ただ、まだ仕事中だし・・・・・」
「大丈夫。後はあたし達に任せていただければ」
 
そう言う諒ちゃんは、腕まくりをしてカウンターの中の仕事をするつもりらしい。
 
「もう、既にお客さまも少ないですし、今日来てないスタッフの中にも、最後の手伝いだけはしに来ると言ってくれた方達もいますから」
「そうなの?」
「ええ。だからマスター、その人たちにもお給料、弾んで下さいよ?」
「くすくすっ。判りました。皆さんにはきちんとタイムカードを押すように言っておいて下さい。時間外というカタチで色をつけてあげますから」
「宜しくお願いします」
 
諒ちゃんはニッコリと天使の微笑みを惜しげもなく振る舞うと、さっさと仕事を始めようというのか、カウンターの中の作業を開始した。
あたしは、気持ちだけ取り残されるように彼女を見ていたのだけれど、伊吹に責付かれ、そのまま店を後にすることになってしまった。
帰りに、常連さんが『仲良くなぁ』と声をかけてきたけれど、それに応えている精神的な余裕はどこにも存在しなかったのは、伊吹にしっかりと腰を抱かれ、ついでに耳元で囁かれたせい。
そのヒトコトは・・・・あたしにとって、今日の夜が地獄になることが決まってしまったという宣告だったように思えた。
だって―――――。
 
『今日はまた、素敵なシチュエーションを楽しめそうだね』
 
なんて・・・・嬉しそうに・・・しかも、あの妖艶で悪魔的な顔をして言うのだもの・・・・。
はぁ・・・今日もまた、あたしに安らぎはないらしい。
いや、確かに昨日の夜は安らいでいたけれど・・・。
今日はまた、一段と違った顔付きの伊吹に翻弄されることは間違いないらしい。
 
 
伊吹、お願いです。
どうか、あんまり無茶だけはしないで下さい。
明日もあたしは仕事があるのです・・・。
 
 
そう心の中で祈りつつ、伊吹に連れ出されて、あたし達はホテルへと向ったのだった。
 
 
 
 
 

 

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