「椎奈、オレ今日はクラブ覗いて帰るから遅くなる。」
「いいけど?あたしも適当に帰るから。」
「そっか、じゃあな!」
「工藤また女と別れたの?椎奈誘ってるとこみたら...」
教室から去っていく工藤の背中をため息付きながら見送っていると、京香に聞かれた。珍しくバスを1本逃した彼女は、バス待ちで教室にいた。
「らしいよ。ったくしょっちゅう繋ぎみたいに使われてると、あたしにカレシが出来ないってコトに気がつかないかね、あいつは...」
「椎奈、カレシ欲しいの?」
「そりゃね、出来れば18年間カレシなしの経歴に終止符を打ちたいけど、自分知ってるから無理は言いませんって。」
「いなかったの?今まで?...椎奈、あんたって結構見えてないんだね?」
「へ?なにが?」
「いや、未来の話なんかにも色々乗ってるから、そこそこ経験あるんだと思ってた。」
「ええ?ないよ、そんなの!どう思うって聞かれるからこう思うって言うぐらいだよ。」
「そうだったんだ...」
その時教室のドアが開いて上西が入ってきてきつい目であたしを睨んだ。
「望月さん、ちょっといいかな?」
「なに?話ならここで聞くけど。」
外に出ろって言いたげな態度をしていたけど、ここで大人しく言うこときく気もなかったから、あたしは立ち上がって彼女に対峙した。喧嘩する気はないけどね、取りあえずおどおどしてたら好き放題言われてしまうから。なんせ友達の代理とか、本人じゃない方が好き勝っていってくれるからね。だって、自分は友人のためにそう言ってるっていう大義名分があるため、いくらでも攻撃的になってくる。
「ね、また工藤くんと帰ってるみたいだけど、やっぱり付き合ってるんでしょう!?」
「付き合ってないわよ。今日だってもう帰るとこなの。工藤とは帰らないわよ?」
「白々しい...あんたがなんかいったんでしょ?葉子が別れたのだって、工藤くんの態度が急に冷たくなったって言ってるのよ。あんたのせいでしょ!!」
あんたのせいでしょって言ったって...あの時、生徒会室での話し聞かれてたんだよって言えない。あれ以降工藤の態度が変わったんだろうね、あいつらしい...
「あのね、なんで上西さんがそんなに怒ってるわけ?その肝心の葉子さんはどうしてるのよ。」
「葉子は何にも言わないからあたしがこうやっていってるんでしょ!」
「別れようって言い出したのはそっちからだって聞いたけど?」
「へえ、そんな話しもするんだ。」
上西がしてやったりといった顔で笑う。鏡見せてあげようか...すごく怖い顔して笑ってるよ。
「トモダチだからね、急に彼女と帰らなくなったらどうしたのか聞くでしょう?」
「あんたのそのいかにもトモダチですって顔してるのが気に入らないのよ...自分はいかにも特別って顔してさ、何様だと思ってるのよ!トモダチの方が彼女よりえらいって言うの?葉子に...葉子に謝りなさいよ!」
あの...何を謝るわけ??
だめだ、話が通用しない。おまけに、たぶん上西自身が何言ってるかわからなくなってる...
「あのさ、あたしが何したわけ?」
「知ってるのよ、文化祭工藤くんと回ってたって。あたし見たんだからね!」
見られたのしってるってば...でもさ、アレって一緒に回ったの?あたしが行く先に一緒に来ただけじゃないの?あたしはコレでも気を遣ったんだけどね...ってこんなの言っても通用しないよね。
「ほら言い返せない、あんたも工藤くんのこと好きなわけ?でもね、あんたなんか似合わないんだからね!!」
「なっ...」
言い返せなかった...似合わないのは知ってるわよ。でもね、トモダチにそんなの関係ないんじゃないの?でも否定できない部分を責められて、あたしはわなわなと憤りのない怒りに拳をふるわせていた。
いかにも勝ち誇った顔の上西、悔しいけど今言い返したらとんでもなく見にくいことを言ってしまいそうで押し黙ってしまった。
「馬鹿じゃないの?」
沈黙を破ったのは京香だった。
「別れたのは工藤とその葉子って子でしょ?本人不在で何言ってるわけ?あなたも椎奈も第三者で関係ないでしょ?それともあなたも工藤を好きでそう言わずにいられないんじゃないの?」
「なっ、何言ってるのよ!!あんたこそ関係ないでしょう!!」
「それを言うならお互い様。あたしもあなたもお互いを責める権利はないのよ。そうでしょ?椎奈はあたしにとっても工藤にとっても大事な友人よ。友人のためでも言っていいことと悪いことがあるでしょ?言うんなら工藤に直接聞けば済むことをわざわざ椎奈に聞いてきて、おかしいとは思わないわけ?」
「ぐっ...」
自分が言われてはじめて気がついたらしい。言ってることの理不尽さに...
「あのね、あたしらはトモダチなの、たまたま同じ券をもらって一緒に行動してたら誤解を生むようだったことは謝るわ。あたしが男だったらなんにも言われることないからね。でも今更性転換できないんだから、それは許して欲しいわ。」
できるだけ落ち着いて上西にそう言った。
「じゃあこうしよう。今から工藤連れてくるから、あいつに言いたいこと言えばいいのよ。そっちも葉子って子連れてきて言わせれば?あたしが立会人になってあげるから。」
京香がすごく冷めた目で上西をみた。あ...怒ってる、京香が?珍しいっていうか、はじめて?
「いい、待ってなさいよ。どうせ携帯もってるんでしょ?葉子よんどいてね。」
そう言い残すと京香はすたすたと教室を後にした。マジで呼びにいったのかな?工藤を...
「どうするの?京香はマジだよ。あいつ滅多に怒らないから、怒らせたらあたしでも怖いんだからね...工藤に直接言えるの?」
言えないのはわかってる。見ててわかるよ、自分も好きだって言ってるみたいなもんだもんね。
「いいよ、無理ならいっていいよ。」
「いいわよね、あんたはトモダチでいられて!」
うん、でも辛いよ。ちょっとでも好きのそぶりなんか見せられないんだから。そりゃあたしもトモダチだと思ってる。親友って言ってもらった分だけの信頼も返したい。
でもね、けっこうしんどいよ?
開いたドアから去っていく上西。しばらくしてジャージ姿の工藤が走ってきた。
「椎奈、誰がいちゃもん付けてきたって?」
京香はまだだ。走ってきたのかな?それとも部活中だから?汗が額にかかってる。濡れた前髪が張り付いたのを片手でかき上げる。
「あ、もういいよ、帰ったから。」
一瞬ドキリとしたのを上手に隠して笑顔を張り付かせる。
「椎奈、またかばうのか?」
「違うよ!そうしたくなる気持もわかるからね、一概に責められないよ。それに彼女がいるのに一緒に文化祭回ったのもよくなかったんだしね。」
「椎奈、アレはオレがついて回っただけだろ?」
「それでもだよ!彼女の立場になってみればわかることだよ。中身はどうであれあたしも一応女扱いしてもらえるらしいからさ。」
自分で言ってて傷つく言葉。
「ほんとにおまえが男だったらなぁ...」
「...ほんとだね。」
胸の締め付けられるその言葉。あたしは笑顔を貼り付けて工藤を見る。そうだったら、ほんとうにどれだけ気が楽だっただろうか...
ドアの所に立ってた京香が眉を潜めてあたし達をじっと見ていた。
え?なによ、あたしちゃんと笑えてるよね?なのに京香、なんでそんな目で見るの...
「オレ着替えてくるから待ってろよ、送ってやるよ。せめてものお詫びだ。」
そう言って部室に戻っていく工藤。反対のドアから京香が教室に入ってきて自分の鞄を手にするとちらっと時計をみる。ああ、もうそろそろバスの時間。
「椎奈、辛くなったらちゃんというんだよ?」
その後ゆっくりとあたしの方を振り向いて京香が言った。笑ってない顔、何かの冗談でもなくて...
京香気がついたんだろうか?あたしの気持ちに...
 
 
 
そのまま工藤に新しく彼女ができたって聞かないまま夏休みに突入した。
補習や夏期講習やらあるけれども、みんなバラバラに受けてるからなかなか会う機会もない。京香は志望学科が同じなので毎日顔を合わすんだけど、彼女はバス通学で全くの反対方向だから行き帰りは毎日一人だったりする。
部活をやってたときは仲間と帰ってたのに、工藤が誘うようになってからは誘われなくなった。カレシじゃないって言ってるのに、何気をきかしてるんだか...
そのまま夏休みも一人で寂しく登校する。
「ねえ、工藤補習来るっていってなかった?」
補習のメンバーの中に工藤の姿はなかった。
「そう言ってたような気がするけどね。」
科目全部はだぶらないけど一緒だなって言ってたのに?土屋や三宅に聞けばわかったかもだけど...
それすら聞けないでいるあたしって、ほんとに親友?
 
 
 
「みんなでさ、花火大会に行こうぜ!」
夏祭りの季節に、そんなことを言い出したのは清孝だった。丁度高校のあるこの街の川沿いで催される夏祭りだった。
受験生なのに?なんて思うけど、まあ、たまに息抜きがてらいいかな?要するに奴は彼女と行きたいんだろうけれども、二人っきりっていうのを彼女の親に許可してもらえないんだろう。今時、なんて思うけれども雅子のうちは結構厳しい家らしくって清孝も苦労してるみたいだった。
 当日、暗くなる前に待ち合わせの場所までバスを使った。夜は暗くなるからね、自転車は親に止められた。
待ち合わせ場所に行くと先に未来と京香がいた。未来はデニムのスカートで気合い...入ってないね。京香は大人っぽいロングスカートだけど。
「未来、慎治くんは?」
「ん?ああ、いいのよ。あんな奴...」
ちょっと暗めな声に京香を振り返ると、小さな声で『喧嘩中』と教えてくれた。
 この街の花火大会は、川岸で催されるその夏最大のイベント。集まってきた人々はごった返すように溢れていた。浴衣姿の女性も多く見かける。うちわ片手に風流なんだよね。髪なんかアップにしちゃってさ...でもあの下駄っていうのがどうも苦手。母親が着る?って出してくれたけど断ってきた。だけど着てみたかったなぁなんて。あたしらしくもない発想。いったい誰に見せたいのかなんてね。いつかカレシと来れるなら着てみたいなぁなんて、いったいいつになるんだろ。
それでも今日は似合いもしないスカートなんて履いてみたりしてる自分。足下は下駄よりもましだろうとミュールだったりする。いつもならジーンズにカットソーか何かなのに、フェミニンなシースルーのブラウスをタンクトップに合わせてみた。まあ、今日ぐらい少しおしゃれしてみてもいいよね?別に誰に見せるつもりでもない。意識してる積もりはないんだけど、ちょっとだけメークもしたりして...透明マスカラにリップグロス程度だけどね。
「椎奈も今日はイイ感じだね!イメチェン?いつもの椎奈じゃないみたい。」
「スカート履いてく場所って意外とないからね。」
「しゃべらずに黙っていたらいけるよ、椎奈!カレシなんてすぐ出来るよ?」
「そうかな...」
未来に励まされるけど、あたしはさっきから足下がスースーするし、なんだか自分には似合ってない気がして、早速帰りたくなってた。
「誰か見せたい男でも出来たの?」
「そんなのいないよ!」
京香に見透かされたように言われてびくっとなる。
「ごめん、遅くなっちゃった。」
遅れて清孝と雅子が二人で揃ってやってきた。ちゃっかり二人で浴衣着てすましちゃってる。清孝の目線はさっきからずっと雅子に釘付け。
「工藤は?」
見回してもいない工藤に気がついて未来が聞いた。その言葉に清孝と三宅がにやにやしはじめた。
「ああ、あいつは今日は別口だってさ、なんか誘われたって言ってた。」
「オレも聞いた!なんかさ、近所の女子大生のお姉ちゃんだってさ。夏休みに帰ってきてるところ逆ナンされたってさ。」
清孝が答えると、三宅がうれしそうにそんな聞きたくもない情報を教えてくれた。
「な、やっぱさ、女子大生だぜ!夏休みにあいつ、うらやましいよなぁ〜」
三宅、はしゃぎすぎだよ?平気な振りして笑ってみせるけど、実際は目眩すら感じていた。
今度はあたしの知らないとこで彼女が出来た。聞かされてなかった?そりゃ相手が女子大生なら相談に乗るようなこと無いもんね。けど、学校っていう場所がなかったら、会うこともない、それでもトモダチ、親友っていうのかな。あたしもマメに電話したりメールしたりなんてしない方だから余計なんだけど...
あたしは今の気分とかけ離れてしまった今日の自分の格好に気が重くなってしまった。何だってこんなに合わない格好してしまったんだろう?いつものようにジーンズでくればよかった...今の気分には全然合わないよ。
三宅がその話でひとしきり盛り上がっていた。清孝はさっさと彼女とツーショット決め込んで、すでに二人の世界。三宅も見てるの辛いんだろうな。話しに付き合わされてる土屋は苦笑いしていた。ちょっとエッチな話に傾きかけたのを横目に、あたし達は河原の柵の方へ場所を移した。ここまで来ると打ち上げだけじゃなくて仕掛け花火も楽しめるからなんだけど、早めにこうやって場所とっておかないと人の頭しか見えなくなるんだよね。
「もう、三宅ったらあんな話ばっかり!あいつの頭の中の女子大生ってそう言う対象でしかないんじゃない??あたしらだって来年の春には女子大生の予定なのにさ。」
未来があきれてる。
「まあまあ、やりたい盛りだからね、しょうがない。おまけにあいつはそう言うビデオや番組見過ぎなの。」
京香からさばけた言葉が出てくる。彼女は真面目そうな見かけとちがって、社会人の彼氏と体の関係があることも当たり前のように言ってしまう。未来もそんな話しに返事してるとこ見たら、やっぱりあの彼ともそういう関係なのかな?
それを考えるとあたしだけずいぶんと置いてかれてるような気がする。大人しそうに見えるけど雅子だって清孝と...うう、生徒会室の一件を思い出して焦ってしまう。男の子ってああいうことしたいんだろうね。清孝が少しかがんで雅子に何か言ってるのが見えた。はにかんだ笑顔をみせる彼女。あの独特の親密な雰囲気は文化祭の時の未来と彼氏もそうだった。
三宅の目線が時々雅子を盗み見ていた。まだ諦められないのかな...土屋は落ち着いた雰囲気で、時々三宅の話しに相づち打ったりしていた。
 
「おっ、発見!圭司だぜ!」
見つけなくてもいいのに工藤を見つけ出した三宅が、あたしたちがいる場所から少し離れた斜め前の方に歩いていく。白い生地に夏草と蛍の大人っぽい浴衣に黄色の帯、遠目からみてもずいぶんときれいな女の人。あげた髪に後れ毛が揺れて、きれいな卵形のあごのラインがすごく大人っぽくって、赤く塗られた口元がすごく色っぽくって...その隣にいる工藤もいつもより大人びて見えて、ちゃんと彼女をエスコートしてるって感じだった。散々からかわれて頭をかいてた工藤がこっちにいたあたし達に気がついて軽く手を挙げていつものように挨拶をしてきた。未来も京香もしかたないなってかんじで手を振り返してたけど、あたしは気がつかない振りしてぼーっと川岸を見ていた。どうせすごい人だし、すごい喧噪だし、あたし一人ぐらいが手を振り返さなくったってどおってことないはずだから...
しばらくして男子たちもこっちに戻ってきた。花火が盛大に始まってちらっと工藤のいた方を見ると彼女の腰に手を回して耳元に何か囁きかけていた。独特の親密な雰囲気。ああ、そうか、工藤も...彼女の赤い口元にキスしたり、きれいなうなじに触れたりするんだ。
ああ、もう考えるのは止めよう!あたしはトモダチでいるって決めたんだから。
「あたしアイスクリームたべよっかな、まだしかけ花火始まらないから今のうちに買ってくる!」
「あ、僕もアイス食べたいな。」
あたしがそう言って列を抜け出すと土屋がそう言ってついてきた。背後にドンって大きな打ち上げ花火の音が響く。大きな声でないと聞こえない。あたしは少し顔を土屋の方に寄せて大きな声で言った。
「いいよ、買ってきたげるよ。土屋ここで待ってれば?」
「あはは、無理だって。ここまで持って帰ってくる途中に溶けてしまうよ。それに椎奈に食べられちゃいそうだ。」
「ひど、食べないよ、人の分までっ!失礼な...」
「それに変なのに絡まれたらいけないからボディガード代わりね。」
そう言って笑って行こうと腕を引っ張られる。いつもにこにこ笑ってる穏やかな彼の腕が意外に強引なのに驚いた。
でも土屋とアイスはイメージあってるから違和感ないよね。
「今日の椎奈って一緒に連れてて嬉しくなるくらい可愛いね。」
え?可愛い?あたしが?そんなこと言われたのはじめてだよ?いきなりの言葉にどぎまぎしてしまう。土屋ってこんなに口が上手かったっけ?
「な、なによ、たまに女装して〜って思ってるんでしょ?」
「いや、似合ってるよ。元気な椎奈以外しらなかったからね。今夜は大人しいね。調子でも悪い?」
「そんなことないよ?」
笑ってみせるけど、元気ないって見透かされてるようでいやだった。あたしは元気な椎奈じゃなきゃいけないんだから。
人垣を抜けて、出店の前を人の流れに沿って歩きながらアイスの売ってる店を探す。真夏だから夜でも暑苦しいけど、今日は少し風があって心地いい。
「ほら、あそこにあった。」
土屋が指さすのはちょうどさっき工藤たちがいた人垣の後ろあたりだった。
「あっちにもあったよ?」
軽くそう言って見たけど、何言ってんのって顔されてまたそっちに引きずられていく。二人でそれぞれお金払ってアイスを手にする。懐かしのアイスクリンだ。あたしはこれに目がない。
「ぼくもこのアイス好きなんだよ、何か懐かしくない?」
「うう、懐かしい味だよね。素朴な甘さが好き。」
そう答えながらもちょっぴり人垣の方が気になるあたし。
「みんなのとこに戻る?それとももうちょっと夜店見る?」
夜店は見たいけど、それこそうろうろして工藤を見たくないしなぁ...
「これ以上見てたらトウモロコシとかたこ焼きとか、全部食べたくなるからやめとく。」
「あはは、椎奈全部食べそう!」
ぱんって背中たたかれて笑う。そうなんだよね、男の子とだってこうやってトモダチ出来るはずなのに...
「でも今日の椎奈可愛いから奢ってあげようか?」
「え?い、いいよ、そんな...」
言われたことのないことばっかり言われて驚いてしまう。
「あれ?章則、椎奈?なんだ二人だけ?」
背中から声がかけられた。工藤だった。
「ああ、椎奈とアイス食べに来たんだ。みんなは場所取りしてるよ。」
「なんだおまえらは食い気か?色気ねえなぁ、椎奈。」
「悪かったわね、これでも他の食べるの我慢してるんだからね!」
いつもの悪態をついてみせる。どうせ自分は色気の方だって言いたいんでしょう?
「椎奈はこんな時間からまだ食う気だったの?おまえは...ったくおごってやろうか?たこ焼きか?食べたいのは。」
へ?おごる?なにを、彼女の前だからって、なにかっこつけてるのよ?ほんとに土屋といい工藤といい、普段は学食でジュースも奢ってくれないくせに...
「あんたね...おごるんなら向こうにいる奴の分全員だよ?あたしらだけおごってもらったら後でなんて言われるか、ねえ?土屋。」
「そうだよなぁ、圭司はちゃんと彼女に奢ってればいいんだよ。」
「ばっか、彼女の方が金持ってるよ。」
ちらっと斜め後ろの彼女を見る。ちょっとつまらなそうだったりするその横顔。早く二人っきりになりたいんだろうか?それとも独占欲?
「じゃあな、俺たちはみんなのとこに戻るから...椎奈、行こう。」
また腕を引っ張られて行く。あ、そっか、邪魔しちゃいけないもんね。すぐに腕は放されたけど、あたしは振り向きたい気持ちを抑えてその後をついて行った。
 
「よう、土屋!さっきそこで工藤がすごい美人連れてたなぁ。なんか年上のお姉様っぽかったけど?」
「ああ、岡本か。そうだよ、女子大生だってさ。」
だれだろ、同級生?
「何言ってるんだ?おまえこそこんな可愛い子連れててさ。カノジョ?」
「え?」
彼女ってあたしのこと??
「違うよ、いつものグループ出来てるんだ。」
「え...あ、もしかして望月さん??」
「そうだけど...」
「うわぁ、気がつかなかった!!すごく感じがいつもと違うから!驚いたよ...すっげえ可愛いって思ってた。オレ隣のクラスの岡本、よろしく!」
なんか褒められてるみたいなんだけど...手を出されて強引に握手させられる。
「椎奈、いたいた、仕掛け花火そろそろ始まるよ、早くおいでよ!!」
遅くなったのを心配した未来が迎えに着てくれたらしい、あたし達は急いでみんなの所に戻っていった。
 
その夏、工藤は夏期講習どころか、他のどのイベントにも参加しなかった。
 
 
「椎奈、一緒に帰ろうぜ!」
2学期が始まってから、毎日のようにあたしを誘う工藤。
夏休み中、彼女と会ってたらしい。今でも工藤はバイトをしては土日には彼女の所へ通ってるみたいだった。今までみたいに直接見せつけられなくていい代わりに、ずっと惚気を聞かされる。『あ〜逢いてぇ!』とか『今度の土日に逢いに行ってくるんだ。』とか『逢ってきたんだぜ』とか...
周りでは、またあたしたちが付き合ってるって思われてるみたい。そりゃ、こんなのが2ヶ月も続いてたらね...
でも違う。
単に女子大生の彼女がいるから、学校内で彼女を作ってないだけで、あたしがいるとその虫除けになるとか...あたしは防虫剤じゃないっていうのにさ。
運動会が終わって受験体制に本格的に入っても、受験勉強はいつやってるんだろうって感じ。
「おまえといると告白されなくて済むわな、助かるよ。」
「おかげであたしには誰も告ってこないじゃないの!いい迷惑だわ!」
「おまえに言い寄る男なんているのかよぉ?」
「わ、悪かったわね、それは!でも、わかんないじゃない...」
そりゃあ、自信はないわよ...
「まあ、もうちょっとおしゃれしてだな...椎奈この間の花火の時みたいにしてればいいよ。結構可愛かったじゃん?」
「はあ?今履いてる制服のスカートじゃだめなの?」
「ああやって章則とならんでたりしたらそれっぽく見えたぞ?それにあのとき...」
「なに?」
「いや、なんでもない。それよりも椎奈おまえさ、最近髪のばし始めたのか?」
「え、あぁ、そうだよ。今までは運動するのが邪魔だったから短くしてたけど、一回どのぐらいまでのばせるかやってみようかなって思って...」
じつはこれ、夢のせいだったりする。女らしくないあたしの心境の変化だったんだろうか?夢の中のあたしは腰までの髪をなびかせてブランコにに乗ってたりする。なんでブランコなのかなんて聞かないでよね、夢なんだから。ただそのそばに背の高い男の人が立ってたんだよね。誰かなんて当然わからない。顔は見えなかったから...しつこいようだけど、夢だから。それ以来、ちょうど部活も引退したんで少しずつのばしてる。
気がついてたんだ、こういうコトだけね。
でもね、気がついてもらえるのって、やっぱりうれしいから...
「髪の長いおまえって想像できねえや!でもま、たいていの男は髪長い方が好きだしな。けど椎奈ショート似合うのにな。」
「悪かったわね、ショートの方が男みたいでいいとかいうんでしょ?自分の彼女は髪長いくせに...」
「ああ、彼女の長い髪は好きだなぁ。しょっちゅうさわっちまうよ。」
堂々と惚気て...今までになく本気みたいだった。これまでとは全然感じが違うもん。彼女に夢中になってるって感じだった。一瞬浮かんで消えるあの夏の日の彼女。あの髪を下ろして、工藤に寄り添う姿、その髪に口づける工藤の...
なんか悔しいな。彼女の髪は長いのがよくて、あたしは想像できないって...そりゃ女としては見られてないとは思ってたけど、なっんか腹が立つじゃない?あたしはこの時、意地でも髪をのばしてやるって思った。
「どっちにしろ、あんたはいいよね、告白されなくて済むから。あたしだって一人で帰ってたら今時分もてて困ってるんだからね!」
ふふん、大見得切ってやった。まあ、それでもてるはずはないんだけど...
「いや。そうだよな...やっぱ、オレが邪魔しちゃいけないよな...」
はぁ?いきなりそう引かれても、そこでつっこんでくれなきゃ!
「何言ってるのよ?今更...散々彼女のいないときだけ連れにしてるくせに。もう慣れたわよ。それに、親友だったらいいんでしょ?」
「椎奈...」
「親友なんだから別にいいじゃない?彼女に会えなくて寂しいから親友に愚痴ってるんでしょうが?ならいいじゃない。あたしだって、そのうち愚痴る予定なんだからね!」
だけどそれから、工藤は帰り道あたしを誘わなくなった。
理由は、すぐにわかった。
 
 
「望月さんオレと付きあってほしいんだ?」
「えっと...岡本くん?」
放課後隣のクラスの岡本くんに呼び出されてしまった。それでコクられるだなんて全然想像もしてなかった。
「夏にさ、花火大会で見かけてからいいなぁって思って...けどあのとき土屋ともいい感じだったし、最近はまた工藤と一緒に帰ってるから、どうかなって思ったんだけど、工藤に聞いたらトモダチだっていうからさ、申し込んでみました。」
「え、でも、あたし...」
「今から受験で大変な時期だからね、無理にとは言わないよ。出来ればお互いに励まし合えたらっいいなって。」
ちょっと強引な感じで言われてあたしはどう答えていいか詰まってしまった。だってさ、18年間こんな経験なかったんだから...
「工藤にも大事な親友だからって釘指されたよ。オレはいい加減な気持じゃないよ。いつも元気で、明るくって、楽しそうだなって思って見てたんだ、望月さんのこと。夏に会ったときすっごく可愛くて...すぐに申し込みたかったけど、最初は章則の彼女だって思っちゃったし、あ、オレ章則と中学一緒なんだよ。それに工藤とも仲いいしね、悩んだんだけど、受験終わるまで待ってられなくって。最初はトモダチからでいいから、付き合って欲しい!」
びしって頭下げられたら...断りづらいじゃないの。
「あの、じゃあ、トモダチならべつに...」
「え、いいの?ほんとに?やったっ!!」
えっと、トモダチだよね?そんな喜ばれるようなこと??
「あの、早速だけど今日から帰り一緒に帰りませんか?」
「え?えっと...」
あ、そう言うことか...トモダチから、一緒に帰る、そこからっていうことね。
そうか、これが付き合うってことなんだ...断らない工藤の気持ちがわかる気がした。でも、だからこの間から工藤は一緒に帰ろうとしなくなったんだ。
 
 
一緒に帰るっていっても、彼はバス通学で、途中まであたしに付き合って歩くって感じだった。坂の上の学校だったから、坂の下のバス停までだけど。
「でさ、○○がね〜」
「ふうん、そうなんだ。」
共通のトモダチが少なかったせいかどうしても相手の話を聞くことが多くなっていた。楽しいのかな?こんなの...
トモダチとしてなら嫌いなタイプじゃないと思う。背もあたしより高いし、バスケ部だったらしくスポーツもそこそこやってたみたいだし...大学も経済学部を受けるんだって教えてもらった。何をするにしたってちょっと強引な彼だった。どっちかって言うと聞き役になってしまってるあたし。だってどこで突っ込んでいいのかわからないし、って別にボケつっこみやらなくてもいいんだろうけどね。
「望月さん、あんまり話さないね、やっぱりオレとじゃ楽しくない?」
「え、ち、違うよ。あたしこういうの、何話していいかわかんなくって...これでも緊張してるんだよ。」
「工藤とかとだったら普通に話してるじゃないの?」
「それは...共通のトモダチが多いからその話とか、昨日のプロ野球の話とか、そんな話ばっかりで...」
何言っていいのかわからないのは本当だった。やたら緊張してるのもそのせいで...
「可愛いんだ、望月さんって。見た目とかイメージしてたのと全然違うけど、可愛いよ。」
「そ、そんなことないよ!!あたし、別に...」
可愛いって、そんなはずないのに?ただ、女の子扱いされるのがすごく新鮮で、うれしいんだけどどんな反応していいかわからない。
「照れてるんだ...ね、僕も工藤たちみたいに椎奈って呼んでいい?」
「う、うん、いいけど...」
「椎奈、可愛い...」
不意に頬に暖かい感触?キスされていた...トモダチってキスするの??違うよね??
「え、お、岡本くん?」
「そろそろお友達から進展させてくれないか?」
一緒に帰りはじめて2週間目、そう言われてあたしは真っ赤だけど、困った顔をしてしまった。
「わかった...じゃあ、もうしばらくオトモダチでね?」
そう言い直されてほっとしてるあたしがいた。
 
 
「椎奈、岡本とうまくいってるのか?」
「え、うまくって、まだおトモダチからだよ。」
「あのな、それが付き合ってるって言うんだぜ、知らなかったのか?」
ちょっと馬鹿にした顔でそう言われるとやけにむかつく。
「あ、そ、わるかったわね、しらなくて!」
「オレに感謝しろよな、ちゃんとフォロー入れといたから。」
「なっ、どんなフォローよっ!でも、これでわかったでしょうが、あんたがいたからあたしになかなか告白する男がいなかっただけだって!」
「はん、だけどあの岡本って、結構言うぞ?気をつけろよな。」
「なにを気をつけるのよ?」
「いやだから、やっぱりあいつも男だし...」
「何言ってるの?そんなのわかってるわよ。けどね、あたしたちはちゃんとオトモダチから始めてるの!気をつけるようなことないんだからね!」
こんなこと主張してもしょうがないけど、それはホンとのことだし、そんな雰囲気になるの怖くって避けてるとこもあったから、あたし...
でもそれは、気がついてなかっただけだった。ずっと後でそのことに気づかされる羽目になった。
 
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〜あとがき〜
まだまだ鈍行?イキナリ変化し始めた椎奈の周辺。岡本、下の名前はないのか??まあいいけど(笑)
季節はようやく秋になりました。椎奈、このままでいいの??

 

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