3.
 
工藤は椎奈を探した。大学時代の友人をあたり、地方にまで足を伸ばした。
 
「そうか...椎奈が居なくなったのか。」
工藤は地元に帰り、土屋も訪ねた。大学卒業の翌年、式を挙げた彼の妻は椎奈もよく知る女だった。
ふたりの間にはすでに3歳になる娘がいる。
「心当たり...ないか?」
「僕に聞くのか?」
「ああ、大学時代の椎奈を一番よく知るのはおまえだ。オレは、椎奈のことを、わかっているようでちっともわかっていなかった...」
土屋の妻となった恵子がコーヒーを差し出して一礼して部屋を出て行った。
「今何ヶ月ぐらいなんだ?」
出て行く彼の妻の突き出たお腹をみて工藤は感慨深げにそう聞いた。
「二人目が7ヶ月だ。目立つだろ?」
土屋もあれからいろいろあったらしいことは三宅から聞いている。今は父親に成ろうとしている落ち着いた男の顔が目の前にあった。
「椎奈がずっと、おまえを好きなのは、僕も知っていたよ...でも親友としての好きなのか、男として好きなのか、最初は僕にもわからなかったんだ。だから、僕は親友じゃないおまえになろうとしたんだ...だけど結局、椎奈は僕を受け入れられなかった。その時はっきりとわかった、椎奈は、たぶんおまえじゃなきゃダメだったんだって...」
「章則...」
「椎奈のあの性格だ、今までおまえには何一つ言わなかっただろうけど、あいつは見えない男性の恐怖にずっと苦しんでいた。そんな時にだって触れても大丈夫なのはおまえと僕だけだった。だけど僕が触れていいのは友人としてで、本当に触れられたかったのは男としての工藤、おまえにだったんだ。付き合ってる間も椎奈が無理してるのはがわかっていたよ。僕も辛かった...だから恵子の存在に逃げてしまった。今ではもっと早くに僕が気づいていれば3年も椎奈を、恵子をも苦しめずに済んだのにと、後悔ばかりしてしまうよ。」
「今は...幸せなんだろ?」
「ああ、もちろんだ。だけど素直になれない僕もいたんだな。何度おまえに椎奈の気持ちを言ってやろうかとも思ったよ。でもできなかった。椎奈をすんなりおまえに渡すのは悔しかったんだ。おまえはとっかえひっかえで女と遊び回ってるし、それを椎奈にも見せていた。親友として椎奈を大切にしていたからこそまだ許せたが、椎奈の気持ちを考えるとな...おまえは椎奈のことを何とも思っていないとしても鈍すぎたからなっ!」
「ぐふっ!」
工藤の下腹に土屋の拳がめり込んだ。
「椎奈を苦しめた罰だ。あれから4年も経つのに、気づかなかった上に椎奈を追いつめるなんておまえは最低だ。」
「ごほっ、ごほっ...」
工藤は咳き込みながらも身体を起こした。
「わかってる...オレは必ず椎奈を探し出す。そして...」
「頼むよ。僕は何もしてやれない。だけど椎奈の幸せは心から祈ってるんだ。」
「ああ、もしこっちでわかったコトがあったら連絡してくれ。メールでもいい。週末は出回ってるから連絡は取れないかも知れないが...」
「そんなに探してるのか?」
「あてどもなくだけれどもな...まったくわからないんだ。」
興信所の手も借りた。だけども手がかりすら見つからない。
「工藤、がんばれよ。」
「おまえもな、いい親父になれよ。」
かつての親友はやはり今でも親友だった。男同士ならではの心の繋がり。ボディ一発でケリがつく。土屋が裏切った時は工藤が一発入れたのだから。
工藤は土屋の家を出ると自分の家にも寄らずに椎奈の実家に足を運んだ。
 
 
椎奈の家はごくふつうの家で、母親が土日もパートに出かけてる分、今日は親父さんと妹がいた。
「こんにちわ。」
玄関で迎えてくれるよく日に焼けた妹は椎奈の高校時代を思い出させる。4歳違いの妹はスポーツクラブの指導員をしているらしく、普段はいないらしいが、工藤が来ることを連絡した相手なのでちゃんと休みをとって家に居てくれたらしい。
椎奈がいなくなってから、望月の家とは連絡を取っていたが、やはり携帯やメールで連絡してくれるのはこの妹だった。
「柚ちゃん、わるいね。仕事休ませた?」
「いいのよ、たまにはね。」
そう言って応接間に通される。工藤は椎奈の父親が苦手だった。早くに祖父母に預けられたせいか、この年代の大人と接するのは昔からなれなかった。
ソファに腰掛けてるのは頭に白いモノが混じってもがっちりとした体格の男だった。地元の企業に勤めてはいるものの、剣道の有段者でボランティアで子供たちに教えているらしい。厳しい視線はいつも工藤を値踏みしているように思えた。まあ、年頃の娘の男友達なら敬遠されてもしょうがないだろうが...
今回望月の家に出入りするためには清孝の手を借りた。全部は話せなかったものの、工藤が椎奈を傷つけてしまったコトを聞くとやはり彼も激怒した。普段は素っ気なくとも血の繋がったいとこを失わせた工藤に対して何度も言葉で責めた。だが、最後には連絡を取るために妹の柚と引き合わせてくれた。工藤はもう構っては居られなかった。一番大事にしていた友を愛していると気づいた女を失ったままではいられなかったから。
家族を失って悲嘆にくれる両親に詫びを入れた。そして探させて欲しいと、家出人の届け出も家族から出してもらったが、成人した人間が引っ越しただけでは動いてはくれなかった。
「工藤くん、それで、あれの、椎奈の行方はまだわからないのかね?」
重い口を開くこの壮年の男は、最初こそ言葉を荒げたものの、それ以降は工藤に穏やかに接してくれた。今ではもう何年も会っていない自分の父親よりも身近に感じられる存在だ。苦手なのには代わりはなかったが...
「すみません、興信所の方からもまだ何も連絡はありません。」
「そうか...なぁ、その興信所の費用、うちで持たせてはもらえんかな?君だって、その...休日は飛び回ってその費用だって馬鹿にならないだろう?」
「いえ、でもこれはオレの責任ですし、オレが勝手に頼んだことですから。」
「いや、何も出来ずにこうしている私たちに比べれば十分やってくれているよ。」
父親には椎奈とは友人であったが、つきあい始めた恋人同士だったと告げてある。
妹には、全部話した。もし連絡があったときに、工藤の思いを全部伝えてもらえるようにと...
最初は泣かれてしまった。京香に同席してもらったものの、やはり『ひどい』となじられた。今はこうやって協力してくれてはいるが、最初はずいぶんと責められもした。
『でもさ、お姉ちゃんらしいよ...』
柚はそう言った。
『結構なんでも出来るのに、意地っ張りで、不器用で...絶対家は出ないなんて言ってたのにさっさと遠いとこに就職決めちゃうし...仕事楽しいって言ってたのに、あたしが柚の結婚式プロデュースしてあげるとか言ってたのに...なんでかわかったよ。なのにそれ全部捨てて、工藤さんのために、親友でいるために姿消すなんて...』
そういって柚は許してくれた。
「工藤くん、君にばかり頼ってしまって本当に申し訳ない。手続きはこちらでしておく。興信所の連絡先を教えてくれないか。」
そう押し切られて工藤は連絡先の名刺をテーブルに置いた。
「連絡は真っ先に君の方に送ってもらうように言っておくから...本当に、よろしく、頼む...」
いきなり椎奈の父親に頭を下げられ工藤は動転した。
「望月さん、やめてください、頭を上げてください。」
もっと責められた方がどれだけ楽か...
椎奈はこんな環境で育ったのだ。そんな椎奈に惹かれ、憧れていたのかも知れなかった。だから自分が相手する女たちと同レベルに落としたくなかった...
「必ず、椎奈さんを探しだして見せます。見つかるまで、オレは、諦めませんから。」
 
 
椎奈の家を出たところに、見たことのある女が立っていた。
「み、宮下...」
宮下苑子、椎奈の幼なじみだった。そして短い間だったが工藤の元彼女。
「工藤くん、お久しぶり。」
「ああ、久しぶり...」
「そんな顔しないで。椎奈のコトなんでしょう?そこのサテンに付き合ってくれない?」
昔の大人しげな彼女とも、一時期荒れたときの派手な雰囲気もなかった。ごくふつうの、それでも明るめに抜いた色の髪と、明るい色の洋服は独特だった。卒業してすぐにできちゃったで結婚したと聞いている。
「椎奈のこと、同級生にもいろいろ聞いてるみたいだけど...」
「ああ」
「これ、あたしが調べた名簿。よかったら使って。」
「え?」
「意外だった?あたしがこんなことするなんて。でもね、椎奈とは卒業してから一度会ってるの。彼女相変わらずでね、あんな目に遭わせたあたしに笑って『久しぶり、元気だった?』って...調子狂っちゃってね。そのとき工藤くんのこと聞いたら、『相変わらず女の子とっかえひっかえよ』って笑ってて...あたし、あなた達はもうとっくにくっついてるか、連絡も取ってないかどっちかだと思ってた。」
名簿には小中学時代の仲のよかった友人の名前、引っ越し先まで書いてあった。それに目を通した後、工藤はもう一度苑子を見た。
「どうしてそう思った?」
「どう見たってあなた達は両思いに見えたもの。あたしは最初っからおじゃま虫だったってわけ。でも椎奈は何でも出来て、しっかりしてるのに恋愛に関してはすごく奥手で、自分の気持ちにも気がついて無くって...いい子ぶってるのがすごく憎らしかった...でも、ぶってるんじゃなくてそのまんまだったんだからしょうがないよね?」
工藤は答えられずにいた。
「あたしもう行くね。これでも、もう結婚して二児の母親よ。子供に教えられるコトっていっぱいあってね。でも、すごく判断に困ったとき『椎奈ならどうするだろうな』とか考えるときがあるの。今更なのにね。あたし椎奈になりたかったんだろうね、きっと...」
工藤も立ち上がった。
「もしあたしが椎奈だったら、工藤くんの前から離れるのにはなにか理由があったと思う。工藤くんに迷惑かけたくないなにかね。その理由、さがしてみたら?椎奈ってそういう子だから...」
「宮下...」
ドアの向こうに消えていく女はそう言い残して去った。
みんな椎奈のことをよく見てるんだ。オレは、いったい椎奈のどこを見ていたんだろうな...
 
 
あっという間に夏が終わり、短い秋が来て、冬になった。
あちこち当てもなく探し回るのをやめいろいろな方面に電話で問い合わせもした。
賃貸マンション、アパートなど不動産系。それからこれはもしもだけれども全国の病院、産婦人科...まさかとは思うが、あの時、工藤は椎奈の中で果てたのは確かだったし、体調を崩していた椎奈を見た中上と医務局の医者の言葉もあった。
そうだとしたら...工藤は焦りすら感じた。もし、自分の子を身体に宿していたとしたら...椎奈なら工藤に迷惑かけまいと姿を消すだろうし、産もうとするだろう。京香も同じ考えだった。
 
だが手がかりがつかめないまま、椎奈が工藤の目の前から去っていって、まもなく半年がたとうとしていた。
 
 
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〜あとがき〜
工藤は重圧に押しつぶされてしまいなさい!皆様から工藤に苦悩をといったご希望です。それほどの思いを椎奈はしてるんですものね。さてっちゃっちゃっと次話に行きます!(汗)
 

 

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