15.
 
「工藤、まだこだわってたんだ...」
「あそこまで根が深いとはね。女に対して本気にならないから、まあ影響してるとは思っていたけどね...」
京香も去っていく工藤の背を見つめてため息をついた。
「おい、いったい工藤どしたんだ?」
「何でもないよ。用事思い出したんじゃない?」
三宅の問いに京香がごまかす。藤枝も探るような目で見てきてるし...
「はん、あいつの用事はどうせ女だろ?」
「女?工藤さん彼女いるんだ...」
「あいつに彼女が居ないときなんかあるのか?」
三宅がこっちに振ってくるけど...無いわよ、そんなの滅多に。
「じゃあ、望みはまだありますよね?」
藤枝くんがにっこりとあたしの方を見る。
なんて答えればいいのよ?あたしは京香の方の方に視線を流して助けを求めたのにたった一言で裏切られる。
「一度付き合ってあげれば?」
「そんな、京香!?」
さっきと言ってることが違うじゃないの?
『手は出さない約束で遊びに行くぐらいいいでしょう?』
京香にさらりと言われる。けれども、本気で好きでもない相手と気軽に付き合うことができないわかってるくせに...そりゃ、藤枝くんなら、大丈夫かもしれない。
あまりにも似てる雰囲気はあたしの警戒心を解いている。京香もそれがわかったの?でも、やっぱり怖いから...
「ねえ望月さん、今度映画でも行きませんか?それとも何かおいしいもの食べに行く方がいいですか?」
にこにこと愛想のいい笑い顔の藤枝。断る隙を与えない笑顔のプレッシャー。
「京香と三宅が付き合ってくれるならね。」
そう返事したら三宅が『げっ』と叫んで拒否した。
 
 
あれから工藤からのメールはない。電話もない。きっと彼女とのデートで忙しいんだろう。あたしはこっちから連絡するのをためらっていた。だって結局工藤をのぞいた4人で出かけるんだし...
藤枝くんが、京香たちも交えて遊びに行くのにわざわざ会社で声かけて来るものだからしっかりみんなに勘違いされて...いつの間にか藤枝くんと付き合ってることになっていた。謀られたんだろうか?
そして、遊びに行った帰り道、真剣な顔した藤枝くんに正式に申し込まれた。
あたしは...断れなかった。あんなにも拒否していたのに...
『オレで試してダメだったら本命に行けば?』
そう言われてあたしは驚くと共に肩から力がすとんと抜けた。
ばれてたんだ...
『オレって結構打たれ強いし、しつこいから、オレが完全に諦められるまで付き合ってよ。』
そう話すときにわずかに上がる口角、甘い錯覚がよぎる。彼なら...工藤に似てる彼なら、もしかして大丈夫?それに、気持ちばれちゃってるのがすごく楽に思えた。
気を遣わない相手に好きなこと言って、ふざけあったり、まるで昔の工藤とあたしみたいに...
ただ違うのは、彼の気持ちを推し量らなくてもいいこと。いつだって藤枝くんからはあたしに対して優しい気持が返ってくる。その安心感は章則があたしに与えてくれたものと同じだった。人前で彼女として扱われるなんて初めてじゃない?なんか不思議な感覚だった。でもこういうのに憧れてたことを思い出す。もうすっかり諦めていた、みんなの中での彼女というポジション。
あたしは自分に吹っ切る意味も込めて工藤にメールした。
<今、藤枝くんと付き合ってる。工藤のお薦めだったでしょ?すごくうまくいってるよ。だから安心してね。>
これが工藤の望んでたことだもん、喜んでるわよ、きっと。そうしろと言ったのはあいつ...ううん、関係ない。あたしが決めたこと。もう3度めの失敗は繰り返さない。いつも躓いてしまうあの段階さえうまくいけば...藤枝くんとちゃんと付き合えるはず。もうあのころのように子供じゃない。ちゃんと、今度こそ...そう固く決心していた。
 
何度も二人で会った。
楽しい時間がもてたと思う。不意に藤枝くんに引き寄せられても、唇を寄せられても拒否することはない。どきどきする気持は本物だし、発作も出ない。もう、大丈夫...あたしは強くなれたはず。
けれども時々起こる錯覚。目を閉じているときに聞こえる自分の名前を呼ぶ声が同じ。あたしを呼ぶ、語尾を上げて『椎奈?』って問いかけるときのイントネーションまで似てる気がする。暗い夜の街を歩くとき、車のヘッドライトが照すそのシルエットまでもが似ている。その一瞬だけあたしは甘い夢を見る。もしこれが工藤だったら...ううん、まるで工藤といるみたい。そんなの藤枝くんに悪いと思いながらもあたしは、どんどん藤枝くんのものになっていった。
 
 
「んっ...」
何度目のキスだろう。みんなで飲みに行った帰り道、優しく引き寄せられてキスされていた。体は拒否しない、ずいぶんお酒に酔っているみたいだけど...
優しく懐柔するような舌がゆっくりとあたしの唇をなぞる。何度も角度を変えてあたしの舌に絡みついて来る少し官能的な動き。
唇を離されたときまだぼーっとしていた。
キスがうまい...多分そうなんだろう。章則はこんなにあたしをおかしくするキスはしなかった。身体に力が入らないくらいの...
藤枝くんは章則みたいに悠長に待つ人じゃなかった。付き合うって返事したその日にもう軽くキスされた。それからはもう何度も...
今日だって、明日二人とも休みだと何度も念を押されてる。いつの間にか二人休みのシフトがとられていた。仏滅の土曜日の前日の夜。きっとそう言うこと、だからつい飲み過ぎてしまった。一応京香には泊まらせてもらうようにお願いはしてるけど、もしかしたらって、伝えてある。
目の焦点が合わないまま、何度も抱え込まれた頭をなでられる。優しい手、その手がだんだんと背中を伝って下に伸びてくる。
「椎奈...」
耳元で甘く囁く声、目を閉じて、身体を預ける。すごく安心できる呼び方。
あたし...大丈夫、ちゃんと、怖がらずにできる...
「オレの部屋に来る?」
あたしは頷いていたと思う。無言であたしの肩を強くつかんで藤枝くんはタクシーを止めた。行き先に自分の自宅を告げる。あたしは、京香に今日はそっちに行かないってメールした。タクシーの後部座席であたしは藤枝くんに体を預けて酔い心地でうとうとしかけていた。藤枝くんも何も話さない。タクシーはすぐに彼の部屋に着いた。
 
「椎奈...」
部屋の鍵を開けてあたしを押し込むと電気もつけずに抱きすくめられた。合わさってくる唇。体は緊張するものの、すぐにその慣れた舌先に懐柔されていく。
「んっ...」
ゆっくりと離された表情は暗くてちゃんと見えない。
「オレが誰だかわかってる?」
「藤枝くん?なに...」
「椎奈はちゃんとオレを見てる?オレのことちゃんと好きになってくれた?」
「当たり前だよ...何言ってるの?」
「ほんとにそうなら、オレは今日椎奈を抱くよ。」
そのまま手を引かれて連れて行かれる。きっとそこは彼の寝室。わかってる、少し怖いけど、でも、いいんだから、彼でいいんだから...
そのままベッドに寝かされて体が重なってくる。耳元で呼ぶ声が心地いい。
もっと呼んで欲しい、その声で、あたしの名前を...
胸を開かれて、彼の唇があたしの胸を覆う。その敏感な感覚に体は震え、頭をしびれさせていく。
「椎奈、目を閉じてるの...」
「え...」
「目を開けてこっちを見ろよ。」
何を急に言い出すのか、そっと目を開けると藤枝くんが顔をのぞき込んでる。不意にサイドボードのライトがつけられる。
「まぶしい...」
「今椎奈にふれてるのはオレだよ、それでもいいんだね?」
その手が下肢に伸びていき、下着の上からあたしに触れてくる。
「オレは工藤さんじゃない。それでもいいんだな?」
「ふ、藤枝くん...な、何言ってるのよ、あたしは...あたしは藤枝くんが...」
「じゃあなんで、その名前を出すだけで椎奈は...」
「関係ない、工藤はただのトモダチだよ、関係ない...今は、あたし、ちゃんと藤枝くんのこと...好きだよ」
「そうだと嬉しいんだけど、違うだろ?椎奈はオレを通してずっと工藤さんを見てる。」
「そんなことない、っあぁ...」
藤枝くんの指が下着の横から入ってくる。あたしに触れる、ゆっくりと...敏感な蕾をかすめてそれでもゆっくりと...
「な、この指は彼じゃない、それでもいいんだな?」
あたしは一瞬からだが震えた。その瞬間甘く溶けかけていた体が硬く固まり始める。
「やめて、あたしは...」
胸が、呼吸が苦しい...
あたしは藤枝くんでもいいって思ったのに...え?藤枝くんでもって...
「あ、あたしは...」
体が震えるのが止まらない。目の前にいるのは藤枝くんで工藤じゃない...
「ほら、ごらん、あいつの名前出したとたんにこうだ。オレは椎奈が誰を好きでも関係なく抱けるよ。オレが椎奈を好きだから...でもオレは椎奈の心も欲しいんだ。だけど...椎奈はオレを通していつも別の男を見てる。」
「藤枝...」
「オレ、そんなに似てるか?工藤さんにっ!」
激しい口調になった彼はあたしの両肩をきつく揺さぶる。
「似て、ないよ...」
ううん、そう口にしても、似てるって思ってた。
「オレ、椎奈のこと本気だよ。もっとキスしてもっと抱きたい。だけど椎奈はオレを見てない。オレは本気だから、だからわかってしまう。今までの男も全部気が付いたんじゃないのか?だから椎奈から去っていくか、無理矢理奪おうとしたか...オレは、どちらにでもなれるよ。椎奈がそれでいいなら工藤さんのフリして椎奈を自分のモノに出来る。そんなずるい男にだってなれる。だから今日はそうして椎奈を手に入れようと思った。しゃべり方も全部工藤さんに似せて...」
え?あの呼び方ってわざとだったの?
「椎奈は...不器用だよ。あいつの前では口にも態度にも出せない癖に、オレの前でだけその感情を出すなんて...そんなにまっすぐあいつを思う気持ちを見せられたら、オレも辛すぎるよ...だからもう...やめよう。」
「ふじ、えだくん...」
口調とは反対にきつく抱きしめられていた。
「オレは工藤さんじゃないから...だから、別れよう。」
「...ご、ごめんなさい。」
あたしは泣き出しそうになるのを必死で我慢した。だってあたしが泣く場面じゃない。
「自信はあったんだ、最初から自分に振り向かせる自信はあった。椎奈がオレを見る目がそう答えてたから。だけど工藤さんに合わされてすぐにわかったよ。それが自分へのものじゃなかったって。だけどもしかしたらって思って、もう一度申し込んで、受け入れられたときは嬉しかった。絶対に自分の方を向かせてやるって思った。だけど...先に降りるよ、椎奈。でないと手遅れになっちまう...」
しばらくはそう話す彼の言葉を黙って抱きしめられたまま聞いていた。だって、申し訳なくって、彼にすまなくって...あたしは動けなかった。
あたしはいったい藤枝くんのどこを見てたんだろう?彼は彼なのに、彼の肩越しに別の人を見てしまってた自分。あたしのしたことって、また誰かを傷つけただけ...
もう、あたしなんか、誰かに愛される価値なんてないよ。
泣きそうになるけど、ここでは泣けなかった。あたしが泣くわけにはいかない、あたしが全部悪いんだから。だからただ、ごめんなさいを繰り返すしかできなかった。
しばらくして藤枝くんがそっと台所に立った。あたしはその間に乱れた服装を直した。結構きわどい格好になっていたあたし。ここでやめてくれた藤枝にお礼を言うべきなんだろう。でもいっそのことだったら抱いて欲しかった。そうでないと全然前に進めない。けれどもそれは今の藤枝くんには一番ひどいお願いかもしれない。自分に気持ちのない女を抱くのって、好きなら余計に嫌なんだろうね。いっそのこと何とも思ってない相手だったら平気なのかもしれない...
手には暖かいコーヒーがあった。ドリップで入れてくれたんだろうか?すごくいい香りが身体を包んでいく。
「ミルクも砂糖もないけど」
そういって手渡されて、あたしはその苦い液体を口にする。ブラックでは飲んだことがなかった。だけど、その苦さが今の自分にふさわしいと思えた。
飲み干してカップをテーブルに置く。それをみた藤枝くんは静かに言った。
「悪い、送れないから...自分で帰って。」
あたしは黙って部屋を出た。
 
 
ここがどの辺か全然わからなかったけど、大通りに出るまで必死で我慢した。
泣くのを...
藤枝くんの近くでは泣けない。あたしは必死でそのこみ上げて来るものと戦った。
時間はもう12時を回っていた。京香のとこまで帰らないと...京香のとこまで我慢して、それから...
京香の部屋に電話するけど出ない...急いで携帯にかける。
『京香、今どこ?』
『あ、いま彼の部屋...どうしたの、何かあったの?うまく...いかなかった?』
『ん...振られちゃった、かな。』
『そう、すぐに部屋に帰るよ。』
『いい、大丈夫、会社のトモダチのとこに泊めてもらうから...大丈夫。』
『ほんとに?ほんとに大丈夫?』
『うん、大丈夫だってば...ごめんね、お休み。』
聞き返される前に急いで携帯の電源を切った。どうしよう?ファミレスででも時間つぶそうか?それともどこかビジネスホテルにでも泊まろうか?そこまで持つかなぁ...
この涙...
苦しかった。発作とはまた違った苦しさだった。何が悲しいんだろう?あたしはいったい何が悲しいんだろう?
でも一つだけわかってることがある。
あたしはもう誰にも好きになってもらう資格がない。このまま一生、自分を恥じて生きていけばいいんだ。今回藤枝くんと付き合ったのが間違いだった。やっぱり一生一人で過ごすために今までどうり全部あきらめて過ごすべきだったんだ。一瞬でも夢が見れて幸せだった。だけど、どうせなら最後まで夢が見たかった...
「椎奈!」
背中から呼び声。藤枝くん追いかけてきたの?まさかね...
ばたんと車のドアの閉まる音。藤枝くん車なんて乗ってないはず。
「何ふらふら歩いてるんだよ、乗れよ!」
「く、工藤...?」
何で工藤が居るの?確かにここからだと工藤の部屋から近いかもしれないけど...
「藤枝から連絡もらったんだ。今椎奈を一人で帰したって。おまえ泊まるとこどうするんだ?京香に連絡入れたら彼氏のとこだって...おまえ藤枝とこに泊まるつもりだったのか?」
「.......」
何で?何で工藤に連絡とったのよ?いやだ、こんな時に...工藤の前に惨めな姿晒したくない。
こらえきれずにあふれてくる涙。漏れてくる嗚咽。
「とりあえず早く乗れよ、こんなとこ一人で歩くなよ...椎奈?!」
「うぐっ...うう...なんで...なんで工藤が来るのよ...」
「悪い、京香連れてこれなくって...けど、親友が迎えに来ちゃ悪いのか?」
頭をぽんぽんと叩かれた。あたしはその手の温かさを感じながらも必死で嗚咽を堪えていた。
苦しいよ...こんな時に、工藤のそばにいて、また親友の振りしないといけないなんて...
一度だけぎゅって頭を抱えられて、そのまま車の助手席に押し込まれる。
「何があったんだ?」
走り出す車。運転する工藤の横顔は、いつも見ていた藤枝のものじゃない。本物の工藤だ...
「.....」
答えようがなく黙り込む。どう説明しろって言うのよ?
「とりあえずオレの部屋にでも来るか?どうせ泊まるとこないんだろ?」
なんか情けない...彼氏の部屋を追い出されて、絶対に思いの届かない片思いの相手に拾われて、その理由さえも言えないなんて。やだ、惨めすぎるよ...
「ほっといてっ、か、構わないで...」
声がかすれる。だめだ、また泣き出しそう...
「どこかで、降ろして...どこでも、いいから。」
「馬鹿、ほっとけないだろ?いったい奴になんて言われたんだ?」
だから説明できないってばっ!あたしは下唇を噛んで俯いた。
これ以上工藤と居たくないよ。あたし今おかしいんだから...きっと変なこと口走ってしまうよ...
「なあ、もうオレの部屋に着くけど?そんなおまえ一人にしておけないだろ。親友をさ...」
<シンユウ>
そうだね、これは友情の一環の優しさだよね。それ以上でもそれ以下でもない。だったらあたしは親友として工藤の部屋に行けばいいの?そして親友として悩みを吐き出して、やけ酒でも付き合わして、それで翌朝『つきあわしちゃったね』っていって、彼女が来る前にさっさと部屋を出ればいいんだ。でも、それを何で一番辛い今やらなきゃならないの?
「一人がいい...お願い...」
「だめだ。京香が今日のおまえは一人にしない方がいいって。なぁ、それほど、ひどいこと言われたのか?」
だから言えないって...
言えばどうなるんだろ?今の彼女とうまくいってるんだよね。だって連絡ずっとなかったし、それに、言ってどうなるもんでもないし...そんなのもうとうにわかってる。ただあたしがあきらめきれなかっただけだよ。
「とにかく降りろ。一晩ぐらい泊めてやるから。それに...やけ酒飲むなら、付き合ってやるよ。」
運転するのに空いてるほうの手で、またぽんぽんと頭を優しくたたかれた。
あたしは堪え切れなくて車に乗ってる間中低い嗚咽を漏らし続けていた。
 
 
工藤の部屋。
初めてだった。高校の時も彼の部屋は知らない。大学時代も京香の部屋でばかり集まったし...
モノトーンでまとめられた綺麗な部屋。時折り彼女が来て片づけていくんだろうな。それともいつ彼女を連れ込んでもいいように?
ベッドが乱れていた。もしかしてさっきまで寝てたの?まさか、花の金曜日にこの男が彼女と居ないはずがないじゃない。
部屋にはテーブルとかない。パソコンの置いてあるデスクがあるだけの1DK。あたしはベッドの近くに置いてあるクッションに腰掛けるように言われた。
そのまま床にお酒が並べられた。
「飲むだろ?」
冷酒なんて置いてたんだ。いつもはビールばっかりなのにね。あたしはグラスに注がれたそれを一気に煽る。飲まなきゃやってられない...
「な、藤枝は椎奈みたいなお堅い女は相手してられないって、もう別れるから迎えに来いってオレに言ってきたんだけど...?」
長い沈黙の後工藤がそう問いかけてきた。あたしは何杯あけてたんだろう?ちょっとくらっとなりながらカレのほうを見る。
「おまえ、まだだめだったのか?」
あたしは頷く。藤枝くんはあたしを抱こうとした。当然彼の部屋で、彼のベッドで...
この部屋...きっと工藤も今あたしがもたれてるこのベッドで、何度も彼女を抱いたんだろうな。やだ、変な妄想...
あたしはもう返事することもまともに座っても居られなくなってきてた。ちょっと一気に飲みすぎたかなぁ...だけど、飲まなきゃやってられないよ。
今日あたしは付き合ってる男に振られて、好きだった男に親友として慰められてる。その理由は言えないし、その胸で泣くのも辛い...
黙って飲み続けていた。それしかなかった。工藤も結構飲んでるみたいだった。おかわりの冷酒を取りに冷蔵庫へ行く足取りが少しふらついていた。
「おまえも少し話せよ...はき出したいもんあるんだろ?」
あたしももうまともに座ってられないほど、意識もだんだんぼやけてくる。答えたくても腕も口もすごく重い。工藤が前にいるのだけがかろうじて見えている。
「椎奈...?そんな目で見るなよ。」
「え...」
「藤枝にもそんな顔見せたのか?」
「な、に...?ここまで飲んだりしてないよ...」
「だろうな、そしたらおまえ今時分帰されてないだろうな。そのまま襲われてるわ。おまえもう抵抗できなさそうだし。」
「こんなに飲んだこと、ないよ...」
「ああ、いらん男の前では飲むなよ。」
「けど...」
「なんだ?」
「飲んでできるんだったらとことん飲んで、してもらっちゃった方がよかった...」
「何を...」
「だって、大事にとって置いても、使い物にならないんだったら意味ないじゃない...さっさと捨てちゃった方がよかった。」
「けどできないんだろ?」
「だ、め...みたい。ね、そんなにセックスって気持ちいいの?そんなにしたいものなの?」
あたしは工藤に乗りだして聞く。
「それは...まあ、確かにな、男は気持ちいいぜ、最初っからな。女の最初は痛いらしいけど、男はまあ、いいからさ。」
「初めての女って面倒?」
「そうだな、やたら痛がったりされたら面倒かな?オレはあんまり好きじゃないな。」
苑子の顔が思い浮かんだ。彼女は初めてだったはずだもの。
「そうなんだ...慣れるといいもんなの?」
「まあな、女の方からせがむ奴もいるしな。女も慣れればそう当気持ちいいらしいぜ。男は回数決まってるけど、女は何度だってイケるらしいしさ...」
おまえと猥談するのはじめてじゃねぇ?と片方の口角をあげて工藤が笑った。
あたしの頭の中にはあの女子大生と絡み合う工藤の姿が浮かんでいた。もう...なんなのよ、今日のあたしの思考回路おかしい...
「もっと早くにそういうことオレに聞けよな、経験だけは豊富だぞ。」
「聞けないよ...」
「え?」
「う、ううん、あたしには怖いだけだったから...章則にだって、だめだった。」
「まあ、あいつもおまえが初めてだったからな。」
「藤枝でもだめだったよ。工藤おすすめだったのにね。」
あははと乾いた笑いのあたし。なんかもうどうでもよくなって来ちゃった。
「やっぱりこんなんじゃ一生一人だよね。みんな相手見つけて幸せになって...あたしはそうなれない分みんなの幸せになる姿見ながら仕事するんだぁ...」
そして一人寂しく生きていくんだ。それならいっそ...
「いっそのこと、無理矢理してくれる人探してさっさと穴あけてもらおっか?ね、そういうとこないの?男の人にはあるんでしょ?女の人用そんなお店ないの?お金さえ出せばってとこ。あたしが泣こうがわめこうが、無理矢理にでもやってくれる人!上手だったら痛くないかな?できたら、あたし少しは自信つくかなぁ...」
「椎奈...」
「うん、そうだ、明日にでも行ってくるわ、探せばあるだろうし、あたしみたいなのでもお金出せば相手してくれる人いるよね!あたしお給料ためてるから結構あるわよ〜ホストクラブにだって通えるぐらいあるんだからね〜」
なんだか泣き笑いみたいになってしまって、あたしはもう一杯お酒を煽ろうとコップに手を伸ばした。
「もう飲むな、それ以上...」
「いいじゃない、やけ酒の相手してくれるんでしょ?だったら工藤ももっと飲みなよ、明日はきっと女になってみせるんだから、前祝い一緒にしてよ!」
もうやけくそもいいとこ。
どうせ誰でもだめなら誰だっていい。あたしのことを思ってない男に、あたしがいやがっても泣き叫んでもさっさとやってくれるようなのを探して、それでバージンなんて捨てちゃえばいいんだ。相手があたしのことなんとも思ってなかったら、あたしが誰を思って抱かれても平気かもしれない。少しだけ工藤に似た男を捜そう。どこか一カ所でもいいから...ホストクラブ系にはこのタイプ多いかもしれない。だったら、明日にでも...
それでもっと男がだめになったらそれはそれでいいじゃない。もう手も足も頭も出ないカタツムリは嫌。目の前のこの男を吹っ切るにも、それが一番いいのかもしれない。そして、あたしなんか汚れちゃえばいいんだ。誰にも愛される資格がなくなるほど。そうすればきっと吹っ切れる、そうすれば...
「やめとけ...」
「やっ、返して!」
あたしは飲もうとしてもちあげたコップを奪われた。
「ほんとに誰でもいいのか?」
工藤があたしの持っていたコップのお酒を一気に煽った。
 
 
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〜あとがき〜
おお〜〜な展開!!もうなんにも言うことなく次回に続く!!早めにがんばります〜〜〜(涙)
 

 

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