10.
 
毎回じゃないけれども、キスは慣れたかもしれない。
土屋の車に乗った時や、二人っきりの時。言葉がとぎれると彼の腕がそっと伸びてくる。土屋の腕はあたしを無理矢理引き寄せたりしない。ただ広げられた空間にあたしがゆっくりと身体を埋めるのを待っているだけ。その胸に顔を埋めるとそっと抱きしめられる。落ち込んでるときとか、疲れてるときとか、髪を撫でられて、落ち着かせてくれる。
「椎奈、キスしていい?」
そう問いかけながら髪にキスする彼は、あたしのあごにそっと指をかける。あたしが目を閉じるのが合図のように優しく触れてくる、何度も、何度も甘いキスを送られる。
そしてまた優しく抱きしめられる。あたしは髪を撫でられて、まるで子供のように安心しきって、彼の腕の中で安らいでしまう。
幸せだと思う。こんなに大事にされて...なのにほんの少し、心のどこかで彼の男性の部分を怖がってる自分がいる。こうやって付き合っていれば、いつかはそうなる日が来るんだろうけど、未だにあの行為を受け入れられない自分がいる。自分のあの部分に触れられることを考えただけで息苦しい。優しい彼のことだから、きっとあたしが嫌がることはしないだろうとは思うけど、いつか自分の全部を欲しいと言っていた土屋の言葉が浮かんできては不安になってしまう。
このままの関係じゃいけないんだろうか?
土屋のことはすごく好きだし、土屋の暖かな優しさがなくなるなんて考えたくはない。
工藤を想っていた時とは全く違う種類の想いのような気もするけれども...
こんな関係でも、土屋は満足してくれてるんだって、そう思ってしまうほど、そんなつきあい方が続いていた。
 
 
 
あたしは大学3年になって、クラブでも部長になって忙しい日々を送っていた。土屋も茶道部の部長になったらしく、なかなか大変そうで...会える日もまばらで、前みたいに頻繁に会っていられないほどだった。
夏休みに入ってしばらくすると工藤と京香が帰ってきた。京香は法事やら色々あるから手伝いに帰ってこいと家族に言われたと言っていた。工藤は彼女と別れてその関係でバイトも止めてしまったらしくて向こうにいてもしょうがないとこっちに帰ってきてバイトしてるらしかった。だから夜、4人で出かけることも多くなって、その分二人っきりが減ったんだけどちょっとだけほっとしてる自分がいた。最近、あたしを見つめる土屋の視線が時々強くなって...キスも逢う度で...一瞬なんだけど、そのあと微笑む土屋がすこし辛そうだったから。
 
「じゃあ20日に向こうに帰るから、その時に向こうで呑もうぜ。」
帰ってきた工藤と京香を入れて4人で食事した時に今度みんなで呑む日を決めたりしていた。
「清孝もお盆に2日ほど帰って来るって言ってるけど、すぐに向こうに戻るらしいよ。」
これはおばさんから聞いた情報だけど。
「未来はなんかもうどっぷりだね、帰ってこないみたいだよあの二人。」
京香が煙草を取り出して1本吸う。工藤と火を分け合ってるとこなんかすごくさまになってる。この二人も向こうでもちょくちょく飲んでるらしい。京香も大人っぽいけどクールって感じで、工藤の付き合うタイプとは違うけれども二人でいるのも様になってる。京香に言わせると相談役のお姉さんらしい。まあ、相談するほど真剣な恋愛相談じゃなくて今の彼女がうざくなったんでどうしよっか的なものらしいけど...その手の相談にあたしが向かないのはもう証明済みだしね。恋愛経験豊富な京香お姉様ってとこらしい。あたしもそのうち京香にだけは打ち明ける日が来るなって思ってる。岡本の時だって...後で静かに怒られた。なんでもっと早く相談しなかったの?って...京香に言わせると、あたしってしっかりしてるようで、こと恋愛に関しては奥手すぎるらしい。
「ああぁ、どうしてこうオレの周りにはあんな女しか寄ってこないんだろうなぁ...」
今回の早期帰省の原因を作った彼女のことらしい。今回の彼女には完全に二股かけられてたらしくって、さっさとエリートサラリーマンに持ってかれたんだと嘆いていた。それがバイト先でわかって思わずムカッと来て持ってたトレーを思いっきり叩きつけてぶちまけたらしい。それでクビになったって...でも相変わらずそれでどう落ち込むってほどでもないらしく、言い訳するのがばからしくてさっさとやめただけだなんて言ってるけどね。
「何を自分であきれてるの?あんたが妙なフェロモン捲き散らかしてるからでしょう?」
「なんだよ、それ?オレそんなもんばらまいてないって。」
「あんたのその雰囲気に、そういう女は引き寄せられても、そうだね、椎奈みたいなお子ちゃま系や雅子みたいな正統派お嬢様は怖くて近寄らないんだよ。その色気みたいなのに当てられるっていうか、あんたに寄ってくのは自分が綺麗だとか可愛いとかって、自信があって恋愛が楽しめるタイプが多いのよ。ただし高校時代はあんたも中途半端にスポーツマンしてさわやかしてたからもうちょい普通のタイプも寄ってきてたでしょ?まあ、自分が可愛いって自信のある子ばっかりだったけど、向こうも恋愛になれてなかった分よくもめては椎奈に迷惑かけてたじゃない?あたしはそういうのうざかったから高校時代は距離置かせてもらってたけど?」
「相変わらずはっきり言うなぁ...京香は。」
土屋も苦笑してる。けどあたしはあんまり笑えないでいた。京香の分析があまりにももっともで、なんだかぐさってきてる。
「工藤さ、大学入ってから愛想振りまくの止めたでしょ?へたすりゃ不機嫌な顔してさ。それって、そういう態度とっても迷惑かける相手がいなくなったから?」
そういいながら京香がちらっとあたしを見る。え?あたしがなんか関係あるの??
「違うよ、愛想蒔いたって女が寄ってくるだけでうざくなっただけだよ。こうしてたら半分は寄ってこないだろ?」
高校時代の甘さや学生独特の野暮ったさも消えて、今の工藤は独特の雰囲気を備えていた。特に去年あたりからバイトが夜の水商売系になったせいか、服装も髪型もかなりあか抜けて、すっかり夜の街が似合いそう...ホスト業者から勧誘が来るほどらしい。
「こうやってみてたら対照的だよね、土屋と工藤って。」
京香に言われて並んで座る二人を見る。
確かに何気ない生成のサマーセーターでも、胸のボタンをだらしなく開けて、カーゴパンツをルーズに履いてるだけなのに十分に女性をどきっとさせるほどで、今日も周りから注目されてる。ちょっと長めの髪もずいぶん茶色くしてるし、耳にはピアス入ってるし...前髪をかき上げる仕草もちょっと人目を惹くほど。
対する土屋はさらさらの短めの黒髪だし、Tシャツにチェックのシャツを軽く羽織って、パンツはカーキーのチノパン。煙草も吸わない健全派青年。茶道をやってるだけあって姿勢もいいし、動きもどことなく優雅だったりする。
どちらもよく似た背格好してるのに雰囲気は正反対。ここんとこさらにシャープになった工藤に対して穏やかでふわっとした土屋、その二人が並んでてもちょっと違和感があるくらい。でも意外と気があって仲がいいんだから驚いてしまう。
「土屋にはさ、どっちかっていうと大人しい一途なタイプの女の子が寄ってくるでしょ?断りづらいような悲愴な顔して告白してくる子。」
「まあ、ね。でもそんなにもてないよ?」
京香の問いに柔らかく笑って答えてるけど、あたしは知ってる。一緒に電車で通ってる時も土屋の方をじっと見てる大人しそうな女の子の数々。その代表が庭井さんだし...他にも告白とかされてるんじゃないのかな?だって茶道部って女の人多いし。
「嘘ばっかり、女の子が安心して寄ってくと思うよ、土屋みたいなタイプはね。反対にそういう女の子は工藤に惹かれはしても、近寄っちゃだめって防衛本能が働いて寄ってこないんだよね。だから遊び慣れたお姉様か、よっぽど自分に自信のあるタイプの女が寄ってくの。もしかしたらそういう子からは、あんたは近づくだけで妊娠させられるっておもわれてるかもね?」
「おいおい、そんなにひどかないよ?ちゃんと避妊するし。」
「そう思われてるのよ。でも土屋はほんとに浮いた話聞かないね。今は彼女とかいないの?大人しくって可愛い子。」
「今は...ね。好きな子がいるから、その子のこと大切にしたいんだよ。」
にっこり笑ってちらっとこっちをみる。あたしは一瞬どうしたらいいか焦ってしまう。だってそれってあたしのことだよね?
「おい、章則、相変わらず聖人君子みたいなこと言って...取り合えず告られた女と付き合ってみればいいのに。もったいねえなぁ。」
「わるいね、僕は圭司ほど即物的じゃないだけだよ。」
「はいはい、オレは欲望に負けちゃってますからね。じゃあ、椎奈は?前にそれらしき相手いるって言ってなかった?」
「え?あたし?」
土屋が少し不安そうな顔してこっちを見てる。否定出来ないよね、いくら工藤の前でもそんな都合にいいこと出来ない。
「いるよ、付き合ってるっていうか、大事にしてもらってる相手。でもあたしがお子様だから...」
「そ、そうか、ついに椎奈にも男が出来たか...おまえちゃんと女らしくなったもんな。髪伸びて雰囲気変わったし...」
「確かにね、雰囲気も柔らかくなったね。まあ、もう二十歳過ぎてるんだからいつまでもお子様じゃ困るんだけどね。まあ最近雰囲気が女の子って感じになってきたけど、女まではまだ遠いね。」
「京香、じゅうぶん女に見えない?お子様だなんてひどいなぁ...これでもクラブじゃ頼れる部長さんなんだからね。」
「はいはい、けどね、椎奈はしっかりしてるけどこと恋愛関係にはうといから。まあ、同じ失敗しないようにちゃんと勉強なさい。相談ならいつでも乗ってあげるからさ。」
京香に言われて隣にいる彼女を見直す。大人の女って感じなんだよね、京香って。
「いいな、京香は大人っぽくってさぁ。」
「まあね、付き合ってる男も年上が多いから自然とこうなるかな?」
最近聞いたのはバイト先の課長さんだとか言ってなかったっけ?たぶん奥さんいるだろうけど...
「そっか...」
「椎奈は無理しなくていいよ。まだそんな感じじゃないみたいだからね。」
京香のその言葉に、なんだか今の自分の状況見抜かれてるような気がした。
「そうだな、椎奈が女っぽくなりすぎたらオレ、なんか悲しいよ。まあ当分そんなこと無いだろうけど。」
「悪かったわね、そういうのに縁がなくって!!」
工藤にまたそう突っ込まれてあたしは大声で反論する。ああ、まだこんな関係でいられるんだ。
 
 
帰りは工藤が京香を送っていくことになったので、あたしは土屋に送ってもらった。
「あたしはあさってから合宿だからね。一応山の中だから涼しいだろうけど。つち...あ、章則はあたしが帰って来る前の日からでしょ?入れ替わりだね。」
いつまでも『土屋』って呼んでるのはおかしいから、二人だけの時は名前で呼ぶようにしていた。ちょうど、キスした日から...まだ少し慣れないけど。
「明日からしばらく逢えないの、椎奈は寂しくない?」
「え、そりゃ...寂しいけど。」
2週間ほど逢えないんだけど、そんなのよくあることだし、電話だってメールだってできるのに、とか思ってる間に車は脇道に入って止まってしまう。
「椎奈、抱きしめてもいい?逢えなくなる間の分...」
真剣な目をした章則の顔、自分のシートベルトをはずしたあと、あたしのもはずすとそっとあたしの身体を引き寄せた。これって珍しい。自分からあたしを腕の中に閉じこめて離さないなんて...
「椎奈がそういう相手が居るって言ってくれて嬉しかったんだ。それは僕だって言いたいくらいに...」
「うん、だって章則も好きな子がいるって言ってくれたから...」
「ああ、だっているでしょ?ここに。」
「うん...」
何度も撫でられる髪。安心してしまうその手の優しさ。
「2週間分のキスがしたい...帰ってくるまで忘れられないようなの、していい?」
頷くと顔をそっと上げさせられるとすぐさま覆い被さってくる彼の影。
「んっ...」
何度も重ねてはついばむようなキスが繰り返されてすこしぽうっとなってしまう。ついついキスの間は息を止めてしまうから...
「椎奈...」
離れたと思ったその瞬間、章則の唇があたしの唇を覆い尽くすほどねっとりとふさいできた。
え??
今まではほんとにchuって感じのキスばっかりだったのに...
あたしは思わず唇を緊張させてしまう。
それを察してかすぐさま離れた章則はそのままあたしの首筋に顔を埋めた。ちょっとだけ息がかかる部分がぞくってするけど、呼吸を整える。
「ねえ、椎奈、キスにはもう一段階、上があるって知ってるよね?」
「う、上って?」
「唇をあわせるだけじゃなくて、舌を絡ませたりって...」
「そ、そんなことするの?」
はぁって大きなため息が耳元で聞こえる。
「そういうキスはだめ?」
「そんな、だって、聞かれても、したことないから...」
「そっか、じゃあ、もしもしてもいいって思ったら、もう少し唇を緩めてくれる?」
「どうやって?...んっ」
再び塞がれる唇。こんな風に続けてキスしたこと、ないよ?
またさっきみたいにあたしを食べちゃうような章則の唇の動き...何かがあたしの唇の上をゆっくり這っていく感じ...あんまり好きになれない感触だけど、章則がそうしたいなら、やっぱりあたしだって答えてあげなきゃだめだよね?
舌先がつんつんとあたしの唇の間に入ってこようとしてるのがわかる。でももう苦しくってあたしが思わず唇を緩めるとそこから章則の舌が入ってきた。ゆっくりゆっくり口内を探ろうとするそれに、あたしは苦しいのと怖いのとで、腕を突っぱってしまった。
「ごめん...」
ようやく解放されたあたしはあらい息を肩で繰り返していた。
いつもならキスの後抱きしめられるのに、章則はそっと身体を離してあたしを助手席に戻した。
「送るよ...」
「あ、章則...?」
「わかってる、怖かったんだろ?だけど、今椎奈にもう一度触れてしまうとまた同じキスしてしまいそうだから...今夜はもう椎奈に触れないよ。」
そういわれてあたしは固まったまま、うちまで送られてしまった。
 
 
 
「あれ?京香は?」
合宿から帰ってきた翌日、章則は入れ違いで合宿に行ったので、3人で食事の約束してたのに、迎えに来たのは工藤だけだった。
「突然彼氏がこっちまで追いかけてきたみたいでさ、帰っちまったんだ。オレ京香のうちまで迎えに行ってたんだけどさ、オレの車に乗ろうとしてると男が来て...なんか言い争ってさ。喧嘩して帰ってきてたんだよな、京香のやつ。ごめんの一言でいっちまいやがった。今時分よろしくやってんじゃないの?」
「よろしく??」
「ああ、ごめんごめん。お子様向けに解説しなきゃいけなかったか?つまり男と女なんて喧嘩したら仲直りはえっちでしょうが?セックスするのが一番早いんじゃないの。」
「ふうん、工藤も...仲直りはそうするの?」
「え?まあね、意地張って怒ってる女ならそっちに持ち込めばすぐに機嫌直すでしょ?オレのとこに寄ってくる女ってそんな女ばっかりだしな。」
「ふうん、そうなんだ...」
まだそういう関係でもないし、喧嘩したこともないからそんな場面想像できないや...けど工藤は強引にそうしちゃうんだろうな。それだけは容易に想像できた。
「な、椎奈、実のとこどうなんだよ?彼氏出来たっていってたの...うまくいってるの?」
「う、うん、うまくいってると、思うよ。」
「そ、そっか...オレ心配してたんだよ。おまえ男性恐怖症みたいになってないかってさ。けど、おまえに付き合うとはなかなか命知らずな奴だな。喧嘩したら勝つだろ?椎奈がさ。」
「喧嘩って...したことないよ。」
「おまえが喧嘩しないって??よっぽど大事にされてるのか、おまえ。それとも気を使われてるかだな?おまえ思ったことずばずば言うのにさ、喧嘩なしなんて信じらんないよ!」
「わ、悪かったわね!!」
「相手がよっぽど物わかりがいいのか?」
「しらないわよ!!もうっ!!あたしってそんなにひどいわけ?しんじらんない、工藤の我が儘にも散々付き合ってあげたこの椎奈さんをそんな目でみてたなんてねっ!」
相変わらず二人がんがんしゃべりながら晩ご飯食べて、送られて...あっという間に時間が過ぎた。
あれ?もしかして彼氏がいるのに二人でっていけないことだった??でも工藤だし...親友だし...断る理由なんてなかったし...でも、これって章則にいうべきかな?
 
 
 
章則が帰ってきてからは今度は3人で出かけることが多くなった。だって、京香はあれ以来向こうに帰ってしまったから。
車は工藤が出すことも多かったから真っ先に送られて、土屋と二人だけっていうのはなかった。でも今日は呑むからって言われて、じゃああたしが出すから二人呑めば?って二人を迎えに行った。で、先に工藤を送れるように章則が口実を作ってその帰り二人っきりになった。
酔ってるはずの章則が運転するってきかなくって、いつものように脇道へ...
キスの前に聞かれることはもうない。抱きしめられて、上を向かされると重なる唇。少しお酒の匂いがして、こっちが酔ってしまいそうなほど...
そういえば章則は今日結構呑んでたよね?なんか黙って呑んでたような気がするけど。
時々探るように舌先が問いかけてくるけれども、怖くてなかなか唇をひらけない。いつもならすぐさま離されて、その後必ず苦笑いを浮かべた章則がごめんって一言言ってあたしを優しく抱きしめてくれるのに、そうして、わかってるよって口で言う代わりに背中をぽんぽんと優しく叩かれる、そんな繰り返しだった...なのに?今夜はなんだかそんな気配すらなくって、その腕も唇も強引で緩まなかった。
「んんっ、ん...」
章則の舌が強引にあたしの中に入ってくる。ゆっくりとだけど口内をまさぐる感触...
「んっ!やぁ...」
その腕の強さも、上がっていく息の荒さも、いつもの章則じゃないみたいで、あたしは苦しくって、怖くなって、ドンドンと彼の胸を拳で叩いた。
「あ...ごめん...」
我に返って怒られた少年のようにばつの悪い顔を向けた章則はゆっくりとあたしを離した。
「ごめん、酔いが回ってたみたいで...椎奈、大丈夫?」
「だ、だいじょ、ぶ...発作は、おこってないから...でも、怖くって...いつもの章則じゃないみたいで...」
「ごめん...」
今日はそういった後優しく抱きしめてくれた。章則の鼓動はいつもの何倍も早く打っていて、あたしを抱きしめる力もまだ強かった。
「椎奈さ...僕が居ない間、工藤と二人でご飯食べに行った?」
「...ごめん、言おうと思ってたんだよ?急に京香の彼氏が来て向こうに帰っちゃって、二人になったけど、別に変な意味ないから、だから...」
「いいんだ、わかってる...だけど、別の人からその事聞いて、あんまりにも仲良さそうだったって聞いて...ちょっと変な方に考えてしまったんだ、ごめん...」
「ううん、いいよ、謝らないで。黙ってたあたしも悪いし...ね、みんなに言おうか?あたし達が付き合ってるって...あたし、いいよ言っても。」
章則の腕が緩んであたしは彼を伺い見る。少しだけ眉をよせて辛そうに見えた。
「椎奈が、本当に僕のものになったときに言ってもいい?」
「ん、わかった...その時に言おうね。」
「それで、そのチャンスを早々と欲しいんだけどだめかな?」
「え、チャンスって?」
「椎奈...こんど京香のとこから帰ってくるときに、どこかにもう一泊しないか?」
「一泊って...」
「みんなのとこに行った帰りに、もう一泊京香の所に泊まってることにして...」
そ、それって一泊旅行??それって...
「だめだったら、今度の僕の誕生日でもいいよ。行ったからその、スルとかじゃなくって、もっと身近にいたいだけなんだ。お互いに自宅だし、その...温泉にでも行って、二人でゆっくり朝まで一緒に居たいだけなんだ。」
「あの、急だと、えっと、わからないから、考えさせて...」
「うん、いつまでだって返事は待つよ。あのね、ほんとは僕だって椎奈が欲しいよ...でも絶対無理強いなんてしたくないんだ。だから今日みたいなことがないように、その日もお酒は飲まないようにするから。だから...うんと言って欲しい。」
あたしはその場で頷いた。彼の誕生日に旅行に行くって...約束してしまった。
 
 
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〜あとがき〜
あはは、進展しましたでしょうか??まったくもってスローな展開ですが、今日仲良しのオトモダチにあれはどうなるのかと聞かれて実は...っておおざっぱに説明したら『げげ、マジ?すっげ〜うひょ〜』を連発されてしまった。(このいい方で誰かわかった人はすごい(爆)それまではこのまま続くと思われてたらしい。)
最初に言ってたように、今まで通りなのほほんとした展開をご期待の方は次の11話ぐらいでやめておかれた方がいいかもしれません。(ああ、なんて言う説明...)というわけで決心した椎奈だけれども??次回、進展があるのか???

 

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