メイド編・6
 
 
 目を覚ますと朝だった。
 
 え?朝?
「嘘ぉぉぉっ!」
 周りを見回すと、ここはベッドの上?昨夜の記憶がない……
 
「え?だって、わたしの部屋は和室で、布団も出してないのに?」
 ここはどこ?まだ屋敷の中の部屋全部を把握しきってないのよ?ああ、もうどうしよう……なんたる失態、ヤバいわ、クビになっちゃうじゃない!
 いや、クビには、ならない、させない。こっちは、藤沢政弥の不倫のネタを掴んでるんだからね!
 
 あ、でも……
 
「おい、五月蝿いぞ、その独り言」
 後方から声がするんですが……?
 振り向くと、ヤツが居た……じゃない!
「なんで居るの?」
「何でだと?さっさと気を失いやがって、おまけに熱まで出して雇い主に世話かけといて、なんだその態度は!」
「え……熱?」
 そういえば身体がやたらとだるい。
 そうだ、倒れたんだ。なんかとんでもない事されたような記憶が……
「ああ、キ、キッ……!」
「猫じゃなくて猿かおまえは。おまえ、あれしきのキスで腰抜かして気絶するなんて、どこの箱入り娘だ!ったく、バツイチ女が。熱があるならさっさと休めばいいんだ。まあ、俺も帰ってくるのが遅かったし、布団の在処とか言ってなかったし、昨夜はまともに使えるベッドはここしかなかったしな」
「えっと、じゃあここは……」
 見回すとアイボリー中心のファブリックに木目調のシンプルな家具。あちこちに模型が飾って あったり、本が散らかってたり……まるで男の子の部屋みたい。ん?男の子?
「俺の部屋だよ。この家にいるときは俺はここで寝てるから」
「そ、そうなの。って、なんであなたの部屋なのよぉ!そ、それも……」
 上半身裸じゃないですか?目の前のヤツを睨み付けながら指さしてやった。
 見慣れてないのよ、男の人の裸とか……悪かったわね!
 ああもう、ちらっと見ただけで、体温が上昇して顔が熱くなるのがわかる。結構たくましいって言うか、腹筋割れてるし?
「しょうがないだろ、おまえが寒いって言うからだ」
「え?わたしが……?」
「ああ、熱出してたし、震えてたしな」
 すみません、全く覚えてません!寒かったような気がするけど、でも目が覚めたとき暖かかったし?まさか体温で温められてた?その事実は確認するのも恐ろしかったのでスルーした。
 考えただけでもう一回気絶したくなる。
 取りあえず助けられたんだったら、お礼言わないといけないよね?
「あ、じゃあ、ありがとうございますっていわなきゃいけないんでしょうか?」
「そういうことだ。起きれるか?もう、熱は下がったみたいだが……」
 呆れた顔をしながらも側にあったシャツに腕を通してその綺麗な裸体を隠してくれたので助かった。ほっ……
「は、はい、大丈夫、です……」
 ベッドのうえに座り込んだままぼーっとしていた。ちょっと目眩。
 だ、だめじゃん。わたしは今コイツの同級生じゃなくて、使用人!メイドなんだからちゃんとしなきゃ!
「あ、の、すみません。着替えてきたらすぐに朝食の用意をいたします」
「そうか、ならリビングに居るから何か喰わしてくれ。結局、昨夜から何も喰ってないんだ。どうせ、会社も遅れついでだから急がなくていい。ここから会社まで車で1時間はかかるしな」
 それは申し訳ないことをしてしまいました。しかし……疑問が一つ!
「あの、昨夜は他にはナニも?」
「はぁ?」
 一気に顔が歪む!整ってる分怖いんだから、その顔……
「見れば判るだろう!おまえの身体は綺麗なもんだし、俺は病人やメイドに手を出すほど女には困ってない!」
 確かに、下着は着けてないけど、シャツとハーフパンツ履かせてもらってるし、いたしちゃった痕跡もないみたいだ。
 元々、冗談やおふざけで平気でキスする男だった……昔から。
 
 だから、あのとき……寝ぼけて他の女と間違えてきたその行為に驚いたけれども、判っていた。この男は女なら誰でもいいんだ、平気なんだと。
 わたしは、ヤツの頬を叩いて頬に傷を残した。それがきっかけで野良とか野良猫って呼ばれるようになったんだ。だったら、何で今回は殴らなかったんだろう?
 熱があったから?どっちにしろ、気にすることはないんだよね?
 キスぐらい……
 
「それこそ、おまえが邪推するようにたっぷりヤッてきたとこだからな」
 ニヤって笑って……うわぁ、開き直ってるよ、この人!信じられない。
「けどな、そのことを親父に言ったら、俺はおまえに誘惑されたと報告するからな。右の胸の下のほくろや、左太股の内側にあるほくろの在処なんてバラされたくないだろ?」
 きょ、脅迫ですか?そんなコトされたら、一生この業界でやって行けないじゃないですか?
「い、言いません!あれ?でも、なんでそんなの知ってるんですか?!」
「着替えさせる時に見せてもらったんだ。それとも裸で目覚めたかったか?」
「い、いえ!そ、それは勘弁していただきたいです!」
 ああ、見られたっていうの?この、貧相な身体を……まあ、この身体じゃ欲情しないだろうけど。
「なら、黙っているんだな。まあ、知ってもらってる方が俺はこれからヤリやすいけれどもな」
 なにをヤルんですか?何を?
 その答えはまたすぐにわかるんだけど、今はとにかく着替えなきゃだわ!
「あ、あの……では、失礼致します。っあ……」
 ベッドから降りてちょっとだけふらつくとその身体をヤツが支えてくれていた。
 強い、男の人の腕……この腕に、あたしは一晩中……
「なんだ?昨日と違って朝はどこまで我慢出来るか知らんからな、そんな風に誘うな。それとも、長い間放って置いたその身体、慰めてやろうか?」
「誘ってませんし、結構ですっ!」
 手が伸びてくるのでざざって後退る。
「くくく、まるで猫だな。やっぱりおまえは野良猫だ」
「違いますっ!」
 わたしは壁を伝って部屋を飛び出した。
 
 
 とにかくスタートは今からだと言い聞かせて、ハウスメイドとして頑張るしかない。
 私は部屋に戻ると、制服であるメイド服に着替えてリビングに向かった。
「何だ、メイド服って言ってもそんなに凄いヤツじゃないんだな」
「ご期待に添えなくて申し訳ありません」
 ナニを期待してるんだか。あんなフリルふりふりでまともにメイドが出来るわけがないでしょう?
 シンプルな黒の制服にエプロンだけ。まあ、ホテルの従業員の制服や喫茶店の制服に毛が生えた程度だと思ってもらっていい。華美な装飾はないし、黒いタイツでも、ニーソックスでもない。スカートは膝丈でパニエなんて着ることはありえませんから!
 お金持ち相手には、制服で区別つける方が仕事がしやすいのだ。勿論向こうに優越感を持たせるために。
 反対に一般家庭にはこんな恰好で仕事はしない。せいぜいエプロンだし、若い男の子や男性のいる家庭にはあまり若い女性は派遣されない。まあ、いろいろな諸事情ってヤツですけれども。
 今回もあまり接触がないって事で、わたしの年齢まで引き下げられてて、ようやく住み込みの職を手に入れたのよ!メイドになって苦節3年、こんな好条件は初めてなんだから!
 
 リビングのソファでなく、台所にあるテーブルに腰掛けて新聞を読んでいるヤツは、いつの間に着替えたのか、スーツ姿だった。
 そういえば会社役員だったんだよね。じゃあ、今日は重役出勤てヤツ?いい身分だよね。
 でもあたしだって、人のことを言えない。昨日の失態。
 だけどあたしこいつとキスして、一晩中同じベッドにいたんだよね……
 ってまた脳裏に浮かんできたヤツのキス……っ!
「うわぁっ!」
思い出しただけで頭の中がパニックを起こしそうになって、思わず持っていたお皿をおとしそうになって焦った。
こんな心臓に悪い記憶はとっとと消去しないとやってられないわ!なのになんでこんなに鮮明に甦ってくるのよ?起き抜けは半分忘れてたのに!
「おい、どうした?」
ほら、コイツも平然とした顔してるじゃない?さっさと忘れなきゃ!
そう思っても、生々しい唇の感触が甦ってくる。そう、口の中まで、ヤツの……
ああ、やだっ!思い出すだけで身体が、えっ?何で、震えるの?ぞっとするんじゃなくて、熱くなる……
「おい、聞こえてるのか?」
「あ、はい、なんでも、ありません……よ、洋食でよろしいですか?」
取りあえず昨日買ってきてた材料が役に立った。トーストと、野菜サラダ、ベーコンにプレーンオムレツ。珈琲はどうやら自分でセットしてくれたみたいで助かった。まだどこに何があるか把握してないことばかりで。
どっちにしてもヤツにとって昨晩のことなんてたいしたことじゃないんだから。
問題はわたしが不倫の件を旦那様に言うか言わないだけで、その脅しのための行動だったんだと納得する。
裸見て、キスした事実作って、わたしの弱みを握ってなにも言えないようにしただけなんだから!
 
表情一つ変えずに食事を終えたヤツは椅子にかけていた上着を取り立ち上がった。
「いってくる。今日は早めに帰ってくるから、判らないこととか書きだしておけよな」
え?
なに、それ……まるで、旦那様が言うセリフみたいじゃない。
「おい、野良!聞いてんのか?」
「は、はい。かしこまりました、政弥様。玄関までお見送り致します」
頭を下げて表情が見えないようにして、その間に急いで顔を作ってしまう。
「いや、いい。熱が下がったばかりだろ?見送りなんかいいから、さっさと横になってろ。今日は何もしなくていい。いいな?」
そう言い残してさっさと玄関へ向かって行ってしまう。がちゃりとドアの締まる音がして、車が出て行くのがわかる。
 
「やだな、家族みたいなこと言わないでよ……」
 
いくら心を込めて勤めてもメイドはメイドなんだから。
家族にはなりえない。
子供を可愛がりすぎると奥様に疎ましがられ、旦那様に気に入られると奥様の不興を買う。
奥様に気にいられすぎると、今度はアリバイ作りの片棒を担がなきゃいけなくなったり、不倫がバレた時の身代わりにされたりもする。
それに家族だって……一緒に暮らして、娘のように可愛がってくれた義母でも、離婚してしまえば他人だし、孫を連れた息子の嫁には敵わない。
だから、期待はしない。
今度は一人でだから、大丈夫だと思ったのに……
あんな、つっけんどんな言い方でも、ちゃんと優しいなんて……女癖悪いのは相変わらずで、来る者拒まずなんだ。伯父の後妻でも平気でやっちゃうような人が、優しいだなんて思いたくなかった。
「家に情が移っても、その家族とは、ちゃんと線を引いておかなきゃね」
同級生で、顔見知りなんて事実は今のうちに消去しておこう。それに、やらなきゃいけないことは山ほどあるんだから!
わたしは家の中を探索しまくり、昼まで目一杯家の中をチェックして、必要なものを書き記すと、その合間に作った蒸しプリンと紫陽花の花を少し切りそろえると駅に向かった。旦那様のいらっしゃる病院へ向かうために……。
 
線は引くけれども、メイドとしてはベストを尽くす。
これがほんとのプロだからね!
 
 
 
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<注意>こちらはハウスメイド・メイド編の試し読み版です。
8話まで読めますがそれ以降は電脳アルファポリスで有料になることをご了承下さい
久石ケイ