2013クリスマス企画

遅すぎたクリスマス

 4

12月24日


〜大地〜

「遅いな……くそっ」
 オレは待ち合わせの場所で、イライラと時計の針を見ていた。公園の柱にはでっかい針付きの時計、待ち合わせた時間はとっくに過ぎている。
「やっぱおとといのアレはまずかったか? それとも昨日の……あれを誤解されてたら、そっちのほうがヤバイか」
 おとといパーティの帰りに彼女を送って行って、その時今日のデートの約束を取り付けた。イブにデートってことでもしかしたらなんて期待をしていたけど、昨日街で偶然彼女と逢ってしまった。その時ちょっとヤバイところを見られてしまったから、誤解されててもしかたない。だけど今日逢ってちゃんと話せばわかってもらえると思ってた。それなのに……
「来るつもりないのかな」
 いつもなら、遅れるときも前もってきちんと連絡してくる人なのに。オレは、この1年の努力を昨日一日で台無しにしてしまったのだろうか?

 麻衣さんと初めて会ってから1年が過ぎようとしていた。去年のクリスマスのパーティで見かけたかわいい人は親父の会社の社長の姪っ子で、はっきり言って一目惚れだ。歳上の割にスレてなくて、ほんとに何も知らないんじゃないかなって思えるほど素直で可愛い人だった。親父の立場上、下手に手をだしてはいけない人だとわかっていても、気持ちを伝えずにはいられなかったオレは、二度目に逢った時『麻衣さんが嫌じゃなかったら……弟としてじゃなく、男として見て欲しい』と告白した。
 だけど、大学生の彼女からすれば、高校生のオレなんて恋愛対象外のようだった。決死の覚悟で気持ちを伝えても『弟みたい』と言われてお終い。諦めきれずに『好きな人が出来るまで』って条件で、メールのやり取りをしたりたまに逢って出かけたり、付かず離れずの距離を保っていたこの1年。その間にも、こんなに好きになるなんて……今までの自分にはありえなかったことだった。
 女の子から好きと言われてその気になったり、いいなぁと思う程度の軽い気持ちとはぜんぜん違う。彼女だから好きで、彼女だから付き合いたい。他には誰もいらない……彼女に好きになってもらえるならどんな努力でもしようと思えるほど。だから、そう簡単に諦めたくなかった。
 この1年の間、必死に努力してきた。勉強も行動も身だしなみや態度まで。ガキみたいな言動では男として見てもらえるわけがない。地についた考え方をするしっかり者の彼女だから、見かけだけ繕って背伸びしたところで通用しないってこともわかっていた。ただ、この1年の間に、他に好きな人が出来てしまわないか不安でたまらなかった。出会いはどこにだってある。オレより大人でカッコイイやつなんていくらでもいるから。
『オレより一緒にいたいって思う奴が出てくるまで、オレに黙って会ったり出かけたりしないで』
 そう約束して頷いてくれた彼女の言葉を信じて、ひたすら努力しながら側にいた。時々見え隠れする男の気配に怯えながらも、彼女が他の男を選ばないことを祈るしか出来なかった。
 その結果……彼女にもそういう相手が現れなかった代わりに、付き合うには程遠い関係が待っていた。なんとか誘い出してデートにこぎつけても、ふたりで出かけようとすると必ず邪魔が入った。麻衣さんがふたりで出かけることを、うちの母親連中の誰かに教えてしまうからだ。源太には重々協力することを強制しているから滅多なことでは付いてこないけど、遊園地にでも出かけようとすると子守だと称して聖貴くんや美奈ちゃんを連れてきたりする。さすがに亜貴くんや愛音ちゃんまで連れてくることはなかったけど、うちの家族を除いて三家族総出のお出かけになったこともあった。
 それはきっと学生で受験勉強もあるオレに金銭的負担をかけないようにという気遣いかもしれないけど、正直避けられてるんじゃなかって思うこともしばしばだった。
 そんな調子では一ヶ月に一回逢えればいいほうで、我慢できずに大学の帰りに待ち伏せしたりもした。だけどそうして逢ってる時も、メールのやり取りだって、オレのこと嫌ってるようには見えなかった。だから努力だけは止めなかった。いつか、きっと……彼女が応えてくれる日が来ると信じて。
『模試の結果はどうだったの?』
『A判定だったよ。他はまだBだけど』
 最大のネックはこれ。受験生のオレにとって一番頑張らないといけない難関が待ち受けていた。少しでもいい大学に入らないと就職だってままならない、そんなご時世だ。もちろん自分のためでもあるけど、麻衣さん効果のおかげか去年と比べてこの1年で成績は飛躍的に上がった。得意科目は理系オンリーだから、さすがにセンター試験は受けないから私立一本だけど。予備校にも通ってて、前はB判定だった志望校もいまではAになった。最近はもう少しランクを上げてもいいと言われ、その上を目指してる。そこは親父の母校で、意外とランクが高くてようやくB判定だった。あと少し頑張ればもしかしたら、なんて希望はある。
 麻衣さんはオレの成績のことを親よりも心配してくれてるみたいで、いつだって成績を気にして『頑張ってね』と励ましてくれる。その言い方が姉ちゃんみたいで(いないけど)受験勉強の心得を伝授されたりすると、やっぱり弟としてしか見られてないのかなぁと、いまさらながらに実感させられた。
 だけどまったく希望がないようには思えなかったんだ。
 手は繋ぐようにはなった。一緒に歩いたりするとき迷子にならないように、だけど。ふたりきりで居る時だって、できるだけ理性を総動員してきたんだ。なんたってまだ正式に付き合ってるわけじゃなかったから、急に抱きしめるとか、キスするとかダメだろ? だからそれだけは我慢してた。だけどつい彼女が可愛くて……頬にキスしてしまったこともあった。まあ、それは最初に許されてたから。そのぐらいいいかなって。麻衣さんも怒ったりはしなかったから……だから希望はずっと持っていた。

 そして一昨日のパーティの夜、一年越しの返事を聞こうとした。
 麻衣さんの下宿しているのは、社長の亮輔さんの実家だった。いくら近くても夕暮れ時で危ないかもしれないってことでオレが送ることになった。もちろん親たちは先に帰るし、そこからは自力で帰って来いという厳しいものだったけど。ここらら自宅まで、タクシーだと10分ちょっとの距離なのに、公共機関を使うと30分以上かかってしまうという遠回りな我が家。だけどうちの親は高校生を甘やかさないからしょうがない。そういえば親父には責任を取るってことを早くから教えられたなぁ。まあ、中学から彼女がいたり、高校に入っても遊び歩いてたりしたからだろうけど。自由が欲しければ責任を自分で取れ、ルールは守るのがあたりまえ。その規則が何の為にあるか考えろ、それを破ってなにかあったときに責任を取るのは自分だからと。それがおやじの教えだった。
 送りながらもオレの心中は穏やかではなかった。とにかくパーティの間中、気が気じゃなかったから。若くて可愛い彼女の側には独身と名のつく男たちが群がっていた。社長の姪っていうのも逆玉に見えたんだろうか? 前に麻衣さんの実家はお父さんが公務員で、普通の家だと言ってたけど。ルソンなことを知らない男たちが群がる。いくらオレがガードしても、酒も飲めない高校生のオレじゃ子供扱いが関の山だった。おまけにパーティでスーツを着たいと母親に懇願したけど『あんたのスーツは大学入学が決まってから!』と言われた。今スーツを買ってもすぐに体型が変わりそうだからっていうのがおふくろの言い分だった。確かにまだ背は伸びてるけどさ、まさか去年みたいにジーンズなんて履いていけない。
『どうしても着たかったら、お父さんのスーツ借りる?』
 そう言って親父の若いころのスーツを出されたけど、20年近く前のスーツなんてどう見ても古臭いっていうか、かえってヤンキーぽかった。
 結局オレと源太は制服のまま参加した。それが仇になって……彼女の側にいることも出来なかった。今年は可愛いワンピースドレスにヒール、白いレースのような柄の入ったタイツ。髪は去年より伸びてパーマを当てて……増々垢ぬけてと言うか可愛くなってるからヤバイのなんのって。それにつられて男どもが寄っていく。オレはといえば相変わらず子守役だった。麻衣さんもこっちに来たがったけど、すぐに呼ばれて大人の輪の中に連れて行かれる。デキる男の面々を前にして、オレが勝てるものと言ったら若さと、1年かけて築いてきた信用というか親密さ以外ない。そのお陰で勝ち得たのがパーティの帰り道を送らせてもらう栄誉だったけど。
「大地くん?」
「え……ああ、なに?」
 それなのにオレってば、ずっと不安で考えこんでて。彼女の話していることをちゃんと聞いていなかった。
「さっきからどうしたの? あんまり喋らないし」
 こうして歩いてたら少しは恋人同士に見えるかな……って考えてた。ダッフルコートにチェックのズボンなんてブレザーの制服とセットだってまるわかりだろうけど。
「麻衣さんさ……今日いろんな人と話してたけど」
「うん」
 あーだめだ、聞けねえや! その中で素敵な人はいましたかとか、今日でちょうど1年経つけどまだ弟扱いなのかどうかとか……
「話してたけど、何?」
「あ、いや……あのさ、オレ……」
 もう少しで終点。いつも門のところまで送らせてもらっていた。その中までは一度も入ったことはない。いつだってそこまで。その手前の生け垣の側、眩しいぐらいの夕日はすでに沈みきろうとしていた。オレが足を止めると必然的に麻衣さんの手を引いて止まらせてしまうことになる。
「麻衣さん。1年前の返事、いつ聞けるかなって……」
「返事?」
「すぐには無理だったら、明日にでも……だめかな?」
 もしかしてオレの言ってたこと覚えてないのかな。だったら明日でもいいから、逢ってその時に返事を聞かせてもらいたかった。ダメで元々、今の麻衣さんに彼氏がいる気配は感じられないけど、もし明日や、明後日のクリスマスイブにデートだとか言われたら、その時はフラられたのと同じだ。いまさらショックを受けて受験に影響なんてないはずだ。たぶん。もしまだ考えられないようだったら、もう一年、今の関係を延長して、今度は大学生になったオレを見てもらうしかない。その日を夢見てまた頑張るだけだ。
「あ……ごめんなさい。明日は友達と約束があって」
「それじゃ明後日は? その、24日でイブだけど」
 その日に会うのは恋人同士、だよな? その日に逢う相手がいないなら……オレと逢ってほしい。もちろん、夜までなんてそんな図々しいことは出来ないけど。大学も高校も冬休みだろうし、この先もずっと逢ってほしいから……せめて去年よりも一歩進んだ約束が欲しいと欲が出る。
「その日はさすがに友達もみなデートだから……空いてるけど」
 それって大丈夫だってこと? 麻衣さんはデートの予定入ってないんだよね?
 聞くのが怖くて今日まで確認が取れなかった。曖昧な彼女の態度に焦れてはいたけど、その気がないようにはみえなくて期待してしまってるオレ。いいよな、ちょっとだけ希望を持っても。
「じゃあ、明後日。13時に駅前で」
「うん、わかった」
 薄暮の中、笑いかけてくれた麻衣さんの笑顔が儚げに見えて、オレはたまらず抱き寄せていた。
「えっ? だ、大地くん??」
 その身体がわずかに強張り、胸に挟まれた腕が弱々しいながらもオレを押し返す。
 ダメなのか、な……やっぱり。だけど、ここまでして離せるかよ!
 屈んでチュッと頬の、いや唇のすぐ近くにキスをした。
「おやすみ!」
 オレは彼女の反応を見るのが怖くて、そのまま背を向けて走り去った。
 まだ抱きしめるのはダメなんだ……だけど、逢ってくれるんだ。それもイブに! これってやっぱ彼氏ができるまでの場つなぎ? それとも……
「どっちでもいい、明日逢えるんなら……うぉおおっーーーーー!!」
 考えてもわからない。とにかく明後日返事を聞いて、ダメなら諦めるかそれともまだ待つかだ。
 けど時間の問題だよな。これ以上こんな気持のまま何も出来ないというのはつらいというかヤバイ。手を出して嫌われるのが先か、はっきり断られるのが先かのどちらかかもしれない。
 オレだって、いくら受験生でも修行僧のような生活をしてるわけじゃない。欲求不満はつのるばかり。目の前に好きな子がいても何も出来ないままこの1年、受験が終わるまで待っても、今振られても同じだと思えてしまう。むしろ受験だから断るのが申し訳ないとか考えられてたら……ありえるよな、彼女なら。
 そりゃ彼女という目標が出来てから勉強も何もかも全部頑張ろうって思うようになった。彼女にふさわしい男になりたいと願った。だからいまさら振られたからって、何もかも投げ出したりはしない。ただ、いらぬ希望と妄想を抱かなくて済むようになるだけだ。麻衣さんに危害を加えるリスクを犯さなくて済む。きっとそのほうが健全だ。
 頭のなかでぐちゃぐちゃと考えながら自宅まで走って帰ったのがおとといのこと。そして、昨日は友人たちに呼び出されて出かけてみれば、クリスマスパーティと名を打った合コンだった。

「マサ、なんだよこれ」
 呼び出したのは小学校からの連れの雅之。悪いやつじゃないんだけど、軽いんだ。
「いいじゃん、受験勉強で灰色の青春を送る俺達にクリスマスの天使たちが舞い降りたってことよ」
 カラオケボックスには同級生のナオとタカとミキヤ以外、どう見ても歳上に見える女達の集まりだった。
「お金のない俺達が、今さらおんなじ高校生それも受験生同士で楽しいクリスマスも何もあったもんじゃないだろ? みんな直之のカノジョの同僚なんだよ。年下OK! 今日の費用も持つって言ってくれてんだぞ」
「それがどうした。オレは帰る」
「まてっ! それは困る……おまえ一番人気なんだよ、写メで選ばれし面々なんだよ、俺達は」
「だからって関係ないだろ」
「ばかっ! 寂しいクリスマスを過ごさなくても済むかもしんないんだぞ? うまく行けばタダでやれるんだから……無駄にすんなよ。おまえだってずっとカノジョいないじゃん。まさか1年以上もあの大学生のお姉さん思い続けてるってことはないだろ」
 悪かったな……思い続けてて。そりゃ口に出したりしてないけど、この1年の頑張りは彼女の存在があってこそだ。
「とにかくいてくれよ、な? おれはもう右から2番目の麻子さんにロックオンなんだ。彼女以外お前が一番いいって言ってたから選び放題だぞ。タカとミキヤはおまえが誰にするか決めてから動くって言ってるからさ」
 そんなことを言われても……その気はない。そりゃまあヤレるんならいいかなって昔は思ってたけど、そんなオレを麻衣さんはどう思うだろうって、考えると食指が動かなくなった。最近はナンパにもコンパにも参加してなかった。
「取り敢えず座って。ほら、笑えって! おまえらしくないムスッとした顔すんなよ」
 マサに背中を押されて席につくと前の3人がにっこりと微笑みかけてきた。名前を言いながら胸の谷間を見せつけてくる。タカとミキヤは両隣で興奮しっぱなしだ。
「なんでオレが……」
 そのうち席移動があって、予想通り隣をお姉さま方に挟まれ、柔らかい胸を腕に押し付けられるという攻撃がはじまった。いくら麻衣さんに操を立てていても欲求不満の若い身体は反応しそうになって困る。
「あんまりがっつかないのね。クールでいいわ。もしかして慣れてるの?」
 やたら胸の大きいお姉さんが擦り寄って囁いてくるけど、甘ったるい匂いで気分が悪くなりそうだった。いったいどういう前ぶりなんだ? 受験で飢えてる男子高校生とでも思われてるわけ? まあ外れてはいないけど。
「慣れてなんかないですよ」
 それでも友人の顔を立てて笑顔で答えるけど、引きつってるんじゃね?
「すみません、ちょっとトイレに」
 そう言って席を立ってマサにメールする。『帰る』と一言いれて。
「まってよ、ダイチくん」
 受付を通りすぎようとした時、後ろから声をかけられた。さっき左に座ってたおねえさんで、たしか……エミさん?
「帰るの? トイレじゃなかったの?」
 くそ、付いてきたのか。
「気分悪くなったんで、外の空気でも吸おうかなって……」
「あら、そうなの。それじゃわたしも」
 そう言ってそのまま外まで付いてくる。やめてくれよ、帰れないだろ。
「ねえ、このままフケちゃう? ホテル代とか気にしなくてもいいから、いっちゃわない?」
 さっそく? 1年以上前のオレだったら美味しくいただいてたかもしれない。明日のイブを過ごす相手探しもあるんだろうな。やっぱ大人の女にも張らなきゃいけない見栄とかあるんだろうか。
「なに遠慮してるのよ、彼女とかいないんでしょ?」
「それは……」
 彼女はいなくても好きな子がいる、なんて通じるのかな?
「じゃあ、いいじゃない。ね? ダイチくん可愛いし、すっごく好みよ」
 そう言って首に手を回してしなだれかかってくる。
「ちょっと、エミさん困るって。オレは……って、ええっ?」
 ま、い……さん? どうしてここに? 通りの反対側でこっちを見ている彼女が見えた。側には大学生らしい女の子たちが一緒で、オレを指さしてクスクス笑ってる。そう、何度か麻衣さんの大学まで押しかけたから、オレが彼女の事好きだってバレてるんだよな。それなのに……こんなトコ見られて、どう思われた? 今までの努力が水の泡に? それともあんまり関係なかった??
「麻衣っ? ちょっとどこいくの! カラオケ……もう、待ってよ!」
 いきなり彼女が駆け出して行ってしまった。オレはエミさんに腕を取られたままで……ヤバイ、やっぱ誤解された??
「どうしたの? ダイチくん。ねえ、早く行こうよ」
「すみません、やっぱり気分悪いの治んないみたいなので……オレ、帰りますね」
「え? ちょっとまってよ、ねえ」
「ご心配かけてすみませんでした。一人で大丈夫なんで! 中の連中によろしく言っといてください」
 オレはしがみつく彼女から腕を抜くと、一礼してダッシュした。今、麻衣さんが駆けて行った方に。
 だけど見当たらない。このあたりカラオケ屋は幾つもある。そこに入ってしまったのか?
「メール……して、なんて言えばいいんだ?」
 別に浮気してるとかそういうのでもないよな。付き合ってないんだからどう言い訳すればいい?
『麻衣さんに変なとこ見られちゃったけど、なんでもないんだ。友人に誘われて来てみたら女の人がいて驚いた。帰ろうとしたけど付いてこられて、それだけだから。あのあとすぐに帰って勉強しました』
 昨夜それだけは必死でメールした。明日、逢った時にもう一度きちんと話そうそう思って。

 だけど、完全に誤解されてたみたいだ。あのあとのメールに返事も来ず、待ち合わせの時間になっても麻衣さんは姿を見せなかった。
 『どうしたの? 約束したよね? 駅前で待ってるから』と、メールしても返信はない。電話にも出てくれなかった。
「マジで……オレフラれるのか?」
 ひたすら寒空の下待ち続けること1時間以上。そして約束の時間からかなり遅れてようやく届いたメール。
『今日は行けそうにないです。しばらく会えそうにありません。受験が終わったら、連絡して下さい。 mai』
 そっか、やっぱりな。今日振るには忍びないから受験が終わってからってことか……昨日の夜遊んでるのも受験生としてはあるまじきことで、しばらく会わないほうがいいっていう戒めなのか?
 メールを受け取ったあと、さすがにすぐ帰る気にもなれず、クリスマスの街中をひとりうろついた。周りのカップルが幸せそうで、ひとり歩く自分が情けなくて……麻衣さんとふたり、カップルのように寄り添える日はもう来ない。夢だったんだと思い知らされただけだった。

 夕方、しょぼくれて家に帰ると、源太が『振られたの?』って聞くから、頭ぶん殴っといた。
「うるせえよ」
「なんだよ、今朝は嬉しそうに出かけてったくせに」
 そうさ、イブに逢ってもらえると思って力がはいってたさ。プレゼントだって……麻衣さんが好きそうな可愛いブレスレットを用意していた。クラスの女子がそこの店のがすごく可愛いって言ってたから、恥ずかしいけどショップまで行って買ってきたんだ。服と同じコンセプトで作ってるやつらしく、案外安い値段で売ってたからオレでも買えた。高かったら、おふくろにお年玉の前借り頼まなくちゃいけないとこだったけど。値段じゃないよな、こういうの。気持ちでいいんだって自分に言い聞かせて、ポケットに忍ばせて行ったのに無駄になっちまった。
「あら、早いのね、大地。晩御飯は? 外寒かったでしょ? あったかいビーフシチュー作ってるわよ、あんた好きでしょ?」
「……いらない」
 少々同情を含んだおふくろの物言いに、なにか察せられてる気がして居心地が悪かった。さっさと部屋に籠もって朝まで布団を被って寝込みたい。この年で家族とクリスマスって改まるほどではないしな。特にここ数年は友人と過ごすことのほうが多かった。
「もう、そう言わずに。ケーキも朱音さんが持たせてくれたのがあるのよ。去年美味しいって源太と二人食べてたからってほら、ホールで」
「うわぁ、マジで? オレが食う!」
 源太が喜んで飛んでくる。夕食には少し早いけど……親父もどうせ今日は遅くなるんだろう。だったら今のうちに食っとくか。親父にまで悟られるのは、ちょっときつい。昔からなんか見透かされてるようでちょっとこわいから。それに弟に対する態度とは違うんだよな。男はこうあれって感じでうるさくって……
 親父は大した男だと思うよ。あの年で重役やってるのは、後輩が会社社長だからってだけでなく、すごいと思う。いつも遅くまで仕事してるし、それでもおふくろやオレ達の事もちゃんと目を配ってくれる。まあ、少々うざいぐらいだけど。いつか親父にうるさく言われなくてすむ大人になりたいって思ってた。だけどいったいそれっていつなんだ? って思うよ。高校生になっても、18歳になってもダメ。大学生になれば? それとも二十歳? きっと就職して家族を養えるぐらいになるまで認めてはもらえないんだろうな。子供扱いされるのが嫌でも、当分扶養家族のオレにはたいした権限はない。それがネックだったのかな……麻衣さんも。
 くそ! だからって、どうしてあのメールなんだ? あとから湧いてくる疑問に思考回路が擦り切れそうだった。
 ああもう! いくら考えても埒が明かない。逢って言い訳したかったけど、それも拒否されたのだからどうしようもないんだ。腹が立ってくるとお腹が空いてることに気がついた。
「……やっぱ食うよ、少しだけ」
 おふくろは笑って夕飯をよそってくれた。かなり煮込んだらしい赤ワインのきいたビーフシチュー。きっとまた社長さん宅から残り物のワインを貰ったんだろうな。昔はこんなにワイン使ってなかったはずだ。
「うめえ! 今日のすっげぇ美味しいよ。な、兄ちゃん」
 弟はいつも調子よく、美味しいものはべた褒めする。そうするとまた作ってもらえるからだ。そういうとこ素直に出来なんだよな、オレは。
「ああ、うまいな」
 さすがに寒い中外にいたからすっかり身体も冷えてしまっていた。温かいシチューは五臓六腑に染みわたる。なんか……情けないけど、好きな女にフラれて、母親の飯食って元気出るなんて、マザコンか? オレは。
「ご馳走様」
「あら、ケーキは?」
「今はいい。明日食べるよ、おいといて」
 さすがにケーキでクリスマスイブって気分でもなく、早々に部屋へと引き籠もろうとすれば携帯がなる。
「なんだよ、マサ」
『大地、今日はどうだったんだよ。マイさんとうまいことやったのか? コノヤロー』
「うるせーなにもないわ!」
『うそだろ? おとといもさ、おまえが帰ってからエミさんがご機嫌斜めで苦労したんだぜ』
「関係ないよ、オレには」
『何言ってんだよ! オレの初めてのクリスマスイブえっちが……麻子さんエミさんを慰めるために一緒に帰っちまったんだぞ? 今日だってだな……』
 しばらくはマサの愚痴に付き合わされた。タカとミキヤはどうやらうまくいったらしく、報告メールが来てた。直之は何も言ってこないが彼女とホテルでらぶらぶなんだろうな。
「なんだよ……オレだけ最悪のクリスマスじゃん」
 友人共はうまくやって(マサをのぞいて)オレはフラれて逢ってももらえない。痛くて情けないクリスマスになってしまった。
「あーもう、くそ……」
 これで受験ポシャったら麻衣さんの思いやりも無駄になるかな? そんなことを考えながらクリスマスイブの夜は終わりを告げていった。
 結局そのまま、受験が終わってからもオレから麻衣さんに連絡を取ることはなかった。


〜羽山〜
「ただいま。子どもたちは?」
「大地は今お風呂よ。浮かない顔して帰ってきたの……ケーキも食べてないのよ」
 高校生の男がケーキに拘ったりしないだろう。源太は……別だけどな。
「まあ、色々あるさ」
「あなたも早かったのね。もう少し遅くなるって言ってなかった?」
 そう言いながら妻がシチューをよそってくれる。いい匂いが玄関までしてたからな。
「今日はイブだから、亮輔も本宮も早く帰りたがったんだ。早々に仕事じまいしたんだよ」
 亮輔のあのウキウキ加減だと、帰ったらそく楓に飛びかかりそうな勢いだったな。本宮も妙にそわそわして、おかしいぐらいだった。こっちとら夫婦生活20年近くでも、そこそこ甘い雰囲気が維持できてるんだ。亮輔のところなんか結婚3年目だからな。楓の出産や子育てもあっても、まだまだ新婚気分でがっついてるんだろう。本宮も……やってそうで怖いな。

「あ……おかえり」
「ああ、ただいま」
 風呂あがりの大地と廊下ですれ違う。
 たしかに、彼女とイブを過ごしてきた感じじゃないな。まあ男親の勘だけど息子が嘘ついたり誤魔化したりしてもわかるもんだ。特にあいつはオレとよく似てるから、自分ならと考えればすぐに想像がつく。目元を隠したがってたな……まさか風呂場で泣いてたのか?
 失恋か……自分の記憶をたどるとその甘酸っぱな切なさに眩暈しそうになる。相手は麻衣ちゃんだろう、亮輔の姪っ子の。歳上で遊んでない子に見えたが、さすがに高校生相手には本気になれなかったってところか? こういう時は放って置くしかない。相談するのは父親じゃないだろう。友人かそれとも先輩か。親の出番はもう少し後だ。本当に困った時、責任問題になった時は親に頼るしかないからな。まあ、そんなことめったにあっては困るけどな。これで成人していたら酒でも飲むかと誘うところだが……まあ、しかたがない。

 風呂から上がると妻が心配そうな顔をして階段の下にいた。女親は比較的息子には甘いからな。子供扱いして時々神経を逆撫でる。あのぐらいだと大人扱いされたくて突っぱねる。でもまだ子供だから構っても欲しいしと、複雑なんだ。
「大地、帰ってきてから元気がなかったのよ……昨日も様子が変だったし」
「そうだな。けどあいつが言い出すまで知らんふりしておいてやらないか?」
「そうね、もう18なんだものね」
「ああ。それじゃ早いけど部屋に行きますか、奥さん」
「え? あ……でも」
 昨日の今日だから? だが昨日盛ったのはお昼前だろ? すでに1日半過ぎてるんだ。おまけに仕事も早くに上がってきて酒も飲んでない。せっかくのイブなんだから、少しはロマンチックに妻を抱こうかなと……バスローブの下に何を着込んでいるのか早く確かめてみたいだろ? 息子の失恋もオレからすれば経験して当たり前のことだ。そう、何事も経験だ。何もかもうまく行くなんてありえない。オレだって瞳と付き合う前にも何人か彼女がいたさ。振られたりこっちから振ったり。色々あったさ……そんな中、瞳を見つけたように、いつかあいつもただ一人の女と出会うんだ。もちろんそれまでに何人か夢中になった女性もいたさ。だが、『絶対にこの女と結婚するんだ!』そう思ったのは彼女が初めてだった。その勘は外れてないと思う。この20年で証明されたようなもんだしな。そして今夜もまたそれを証明するんだ。
「明日も仕事だから、無理はするつもりないよ」
 少しホッとしたような寂しそうな顔をする妻を見て、少し悩む。どのカップルもイブにふさわしい夜を過ごし、明日のクリスマスを迎えるだろう。
「やっぱり、イブらしい夜を過ごそうか?」
「あなた……」
 ガウンの紐を解くと、薄い生地のナイトウエアだった。これは……期待にこたえないとだな。やはり攻め抜いてやろうかと思い直すイブの夜。
「おいで、可愛がってあげるから、そこに座って脚をひらいてご覧」
 少し意地悪く言うと嫌がるかと思えば意外と従順に従ってくる。
「もう透けて見えそうだよ、瞳」
 顔をうずめ薄い生地越しに妻を愛撫する。
「あっん……あっ」
 甘い声を上げる妻に満足しながら、あいつらにも負けない甘いクリスマスを過ごそうと、その夜はたっぷりと時間を使って妻の身体を甘く高ぶらせ、何度もイカせて焦らした。こちらも最後はしっかりと楽しませてもらい、クリスマスイブの夜は更けていく。
 時計を見ると零時を超えていた。妻はしっかり夢の中だ……久々に裸体の彼女を抱きしめてメリークリスマスと心のなかで告げる。
 照れくさくても愛情表現も、甘いロマンティックな言葉も、たまには夫婦にも必要だ。それを再認識させてくれた友人夫婦たちに感謝しながら、私もクリスマスの眠りについた。

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4話目です。今日は羽山一家スペシャル?です(笑) そして25日のラストは肝心の朱音と俊貴の予定です。
大地と麻衣は……どうなるのか(汗) 続きはバレンタイン(過ぎてますけど)の予定です。
昨日は更新できなくてすみません! 書籍プレゼントの応募フォームの準備してました!そちらもよろしくです!!