2011クリスマス企画

It's a New Christmas

 2

2011.12.23
〜朱音〜

「おはよう、朱音。早く起きないと、富野達が来るぞ。パーティの準備手伝って貰うんだろう?」
 優しく甘い夫の声で目を覚ます。けれども彼はすでにきちんと服を着て、髭も剃ったのかキスしてきてもチクチクしない。ああ、今日はクリスマスパーティの日だ。いつもうちばかりでは負担が大きいだろうと、麻里さんと瞳さんが夫婦で手伝いに来てくれることになっているから、早起きしたかったのに……
「おはよう……子供たちは?」
「朝ご飯をすませて、リビングで遊んでいるよ」
 子供たちの朝ごはんは俊貴さんがしてくれたのね。休みの日は、そういうことがたまにある。だって……起きられなくされることがあるから。昨夜も、今日の事があるからとお願いしたのに聞いてくれなくて。先週彼が忙しかったのと、わたしの生理が重なって出来なかったからだと言って、帰ってくるなり凄い勢いで抱かれた。その後はわたしも止められなくて……おそらく今日の事を考えて、少しは手加減してくれたとは思う。昼間も今日の準備で忙しく、疲れていたのもあって、わたしが眠ってしまう寸前まで繋がっていたのは覚えてるんだけど……
 身体は起きようと思ってもいうことを聞いてくれないほど、だるかった。
「悪かったな、やはり無理させたみたいで。もう少し手加減するつもりだったんだが……起きられるか?」
 そう言いながらベッドのふちに腰掛けて、身体を支えて起こしてくれるのだけれども、そのまま引き寄せて唇を重ねて来る。
「んっ……ダメ……」
「なにが、ダメなんだ? 昨夜も朱音があまりにも感じてくれるから、やめられなかったんだぞ」
「それは……」
 わたしだって、久しぶりですごく感じてたのはわかる。でも、昨日の今朝では少し辛すぎる。まだ甘い快感が身体のあちこちに残っているようで、こうやって抱きしめられてキスされただけで、身体の芯から蕩け出しそうになってしまうのだから。
「そういう顔するから、抱きたくなるんだ」
 思わず抱いて欲しいと言いそうになる自分を引き止める。だって、準備しないと……今までに何度かバレてるんだもの。特に直後なんかは違って見えるらしく、何度か麻里さんに『さっきまでしてた?』なんて指摘されたり……
「起きるわ、間に合わなくなるから。それに……」
 今日のパーティには社長とその婚約者である楓さんが参加することになっている。クリスマスと一緒にみんなでふたりの結婚を祝うことになったのだ。
 そして明日はふたりの結婚式。夕方から始まるその時間に合わせて、子供たちは俊貴さんの実家に預けてそのままホテルに泊まることになっていた。それも、社長さんの計らいで、セミスイートのお部屋。もちろん、うちだけでなく瞳のさんところも麻里さんのところも一緒にだ。
「楽しみは明日に置いておく気か? それは無理だな。今夜だってあるんだからな」
「……嘘、でしょ?」
 今夜も、なの? そんな……
「いやだなんて言うなよ? その分、今は我慢するから」
 にっこり笑ってわたしを立ち上がらせると、もう一度熱いキスと滾る下半身を押しつけて来るのだった。


「メリークリスマス! プレゼントだぞー!」
 早くから準備に飽きて、お菓子やごちそうをつまみ食いしていた子供たちも、白い大きな布袋を担いだ蔵木社長が顔を見せると凄い勢いで飛んできた。さすがにサンタの格好はしていないけれど、しっかりとサンタ帽をかぶっていたりする。見かけに寄らず、なかなかお茶目な性格をしているようだった。だけどそのおかげか、ここでは誰もが彼を社長という枠では見ない。
「わーい! やったー!」
「これ美奈の! 聖貴くんはこっちねー」
「じゃあ、愛音のはこれで、亜貴はこれだね!」
 子供たちは嬉しそうに、受け取ったプレゼントの包装紙を凄い音させて開けていく。後片付けは……あとでいいかな? みんな嬉しそうだしね。夢中になって遊びだした子どもたちを皆が微笑ましく見つめていた。
「すみません、今年もお邪魔してしまって……あの人、こういうの好きみたいで」
 大きなケーキの箱を手にした楓さんが、すまなそうな顔をして頭を下げてくる。
「いえ、とんでもない。子供たちはすごく喜んでますよ、本当にありがとうございます。大きなケーキやプレゼントまでいただいて。社長さんは、いいお父さんになりそうですね。でも、明日結婚式なのに大丈夫なんですか? 準備とか忙しいでしょうに……」
「準備はもう。今晩から式を挙げるホテルに止まるので、明日は起きてそのまま支度すればいいんです」
「そうですか、よかった! それじゃ、今日はおふたりの結婚祝いも兼ねてますので、ゆっくりしていってくださいね」
 きっとこれからは、楓さんたちともこうして過ごすようになるのだろう。だったら以前のわだかまりとかは捨てて、できるだけ仲良くしたいと思うのだけれども……どうもまだ遠慮があるというか、気を使われている気がした。まあ、去年が去年だったから……
 昨年のクリスマスパーティの最中、彼女はこの顔触れの中、半ば強制的に社長に抱きあげられてそのまま連れ帰られたのだ。その後なるようになったようで……それを知られている気まずさもあるのか、この一年は他の夫婦ともあまり顔を合わせていないらしい。もちろん彼女の仕事が忙しく、引き継ぐまではバリバリにやっていたから、そんな暇がなかっただけなのかもしれない。忙しいうえに、その……貴重な休みや夜は社長に拘束され、よく疲れた顔で出社していると、俊貴さんも心配そうに話していた。
『亮輔は無茶するからな』
 その意味はあまりよくわからなかったのだけれど……たしか、今年の夏前から一緒に住んでいるはず。そのあたりから少しましになったらしいけど、今の楓さん見てると愛されてるんだというのがよくわかる。肌艶なんか以前より断然いいし、体つきもかなり色っぽくなったし……おまけに、表情が全然違う! やわらかく微笑むようになって、すごく幸せそうに見えた。
「おい、楓」
「もう、なによ」
 もっと話したいのに、とぶつくさ言いながらも、社長さんに呼ばれて楓さんは俊貴さん達の輪に入ると、仕事の話を始めたようだった。
「うわぁ……あれは変えられちゃったね」
「ほんと、社長って強そうだけど……予想以上だったのかな? あれは毎晩、かなり可愛がられてますよね」
 ケーキを箱から出してテーブルに出していると、対面キッチンから出てきた瞳さんと麻里さんが楓さんを見ていきなりそう言いだした。
「そ、そうなの?」
「んー朱音さんにはわかんないかな? だって朱音さんも結婚前ぐらいからあんな感じで変えられてましたよ? いまもまだ続行中みたいだけど」
「え、わたしも……って、あっ」
 麻里さんに言われた意味がようやくわかってきた。女は愛されてると変わるんだって……特にわたしは29歳にもなって男の人を知らずにいて、夫が初めての人で……愛されるようになってから色々と変わったのは自分でもよくわかっていた。つまり、楓さんも、そういうことなのよね。実際わたしでも変わったことには気づいたもの。
 でもまだ続行中っていうのは……その、えっちの回数とか結婚当初から減らないって言ってたこと? 回数も、普通にしてみれば多いって……聞かれなければ全くわからなかった。だって、他を知らなかったから。
「わかった?」
 わたしが真っ赤になってうつむいたのをみて、瞳さんがにっこりと笑ってくる。
「ねえ、時々急に早く帰って来たと思ったら、早くから誘われたりとかすること、何度かなかった?」
「え、それは……まあ」
 いつもより早くに帰って来て急に求められることは、たまにあった。子供たちが遊んでる時にキッチンの影に隠れてされちゃったりとか、子供たちが寝るまで凄い勢いで手伝って、寝た途端リビングで滅茶苦茶にされたりとか……
「でしょ? たぶん、かなり影響受けてるみたいなのよね。社長さん、会社でも相当やってたらしいから」
「会社で、ですか? うわぁ……すごい!」
 それは夫に聞いたのだから間違いないと言う瞳さんに、麻里さんが食いついていた。会社でって……最後まではしたことないわよ、わたしだって……ねえ?
「さて、これで準備は終わったみたいね。それじゃ、わたしたちも向こうでパーティに参加しましょう」
 シャンパングラスを手にした瞳さんに先導されて、わたしたちも夫達がいる輪の中へ向かって行った。


〜楓〜

 もう、なんなのよっ! この1年、怒涛のごとく走りぬいた、その最後の締めがこれ?
「いよいよ明日ですね、ご結婚おめでとうございます!」
「おめでとう、楓!」
 皆が口々にそう言ってグラスを合わせる。向こうのツリーのそばでは子供たちが遊んでいるのを、部下の富野がひとりで見ているというか、一緒に遊んでもらっているというか。
 本宮の家で開かれるクリスマスパーティに、今年も参加していた。そのうえ今年は明日の結婚式を前に、わたし達のお祝いまでしもらっているのだ。そう、明日は結婚式だというのに! そりゃね、ホテルに前泊してるし、明日の夕方からだから早起きしなくてもいいわよ?でもね、本当はいろいろと考えてたのよ。実家に一度帰るとか、ふたりでゆっくりするとか……
「悪いな、せっかくのクリスマスパーティだっていうのに、オレ達のお祝いまでしてもらって」
「だったらもう少しすまなそうにしなさいよ!」
「ここではそういうのはいいんだって」
「あんたはいいだろうけど、もうっ!」
 部下の富野や瞳が祝ってくれるのはわかる。羽山や本宮も同期だし……でもね、あんたのその態度のでかさは何なの? ほんとに、もう……イライラする。
 昨年のクリスマスに自分が勤める会社の社長と……その付き合うことになってからは、もう息つく暇もなしって感じだった。付き合う=結婚するぞって勢いで、両家にあいさつしたのはいいけれども、問題は式を挙げる時期だった。仕事の方は、もう年間で計画は立ててしまっている。今からすぐに自分の後任を探して引き継ぐなんて、とてもじゃないけど無理だった。6月ごろには式を挙げたいという社長や、その親族もしくはうちの親どもの意見を総無視して、わたしが選んだのは年末のクリスマスだった。どうにかそれまでには後任を探し、仕事を片付けて、引き継ぎが終えられる予定だったから。だけど、せめて一緒に住んでほしいと拝み倒されたのが6月の終わり。それをすんなりと受けたのは、とてもじゃないけど今のペースじゃ独り暮らしの方が疲れが増すってわかったから。自分の部屋に帰れば押し掛けて来る、うっかりヤツの車にでも乗ろうもんなら部屋に拉致られる。できるだけ日を開けようとすればするほど飢えた狼のように襲いかかってくる……当然翌日は動けないし、ヤツの部屋に着替えのない時は最悪だった。朝に自分の部屋に送ってもらって、着替えて一緒に出社して……『一緒に住んだ方が早くないか? それにさ、毎日してたら、ヤル度におまえのこと壊さなくて済みそうだし』とか言って……それを信じたわたしが馬鹿だった。
――――マジで、わたしのこと殺すつもりなのかと思ったわよ!
 一緒に住んでようが、住んでまいが、結局は同じ。ひたすら激しく求められて、身体が持たない……言っとくけど、こっちはもう40越しちゃってるんだからね? そのうえ、先々月くらいに避妊とかしなくていいよなって言われて、思わず許可しちゃったもんだから……輪をかけてやる気になってしまったものだから始末に負えない。
 明日が結婚式だって言うのに、こうやって去年と同じクリスマスパーティに連れてくる。まあ、彼らのおかげって言うのもあるみたいだから、感謝の気持ちはわかるけど、みんなクリスマスを楽しもうとしてるのに申し訳ないじゃない? たしかに瞳とは仲が良かったからいいけれども、本宮の奥さんとかにはあまりいい印象ないだろうし、そのコバンザメみたいな麻里って女は始終敵意のこもった視線を送ってきてたしね。立場ないと思うのに、ずうずうしくも我が物顔でいるヤツを見てたらイライラしてしょうがなかった。
「楓、こっちに来て女同士で話そうよ。 今日は仕事の話はもういいでしょ? 男共は放っておけばいいのよ」
 瞳に誘われて、わたしは彼女たちが集まっているソファの方へ足を向けた。これからは仲良くしていかなきゃと、ちょっと力が入ってしまう。女同士のこういった寄り集まりは、正直言って苦手なのよね。
「ごめんね、瞳……朱音さん、麻里さん。あいつ、さっきからハイテンションで」
「いいじゃないですか、普段社長の重責に耐えてる方が、唯一ここではリラックスされてるんだと思いますよ。楓さんの前でもそうでしょう?」
 たしかに、朱音さんの言うとおりだ。ここでの彼は会社での社長であろうとするヤツじゃない。強引な部分は会社と同じくそのままだけど、羽山は先輩でもあるし、本宮にも甘えたり弱音はいたりしている。わたしにはもっと……そういう部分を見せてくれていた。ストレスがかかったり、何か不安に思うたびにエッチしたがったりするし? だから、一時は会社でまでヤラレまくっていた気がする。
「去年はあまり女同士話しすることはなかったけど、あんまり遠慮しないでよね。みんな結構ざっくばらんにやってるわ。子育ての相談が主なのよ」
 瞳が上手くやってる仲間なら大丈夫かなとも思えた。彼女はあまり人の悪口とか言わないし、そういった集まりを凄く嫌っていたもの。
「あの、いつも富野がお世話になってます。そして、昨年はすみませんでした……わたし、疑いの目で見ちゃってたので、本当に態度悪かったと思います。すっかり朱音さんの敵だと思ってたから」
 これでも、反省してるんですと神妙な顔して見せる富野の嫁は、さすがにこの中ではダントツに若かった。
「ありがとう……その、色々あったけど、これからも仲良くさせてもらって、いいのかしら?」
「もちちろんです! うちなんか、仲良くさせてもらうというより使いっ走りですけど、いいですか? 富野もそれが楽しくてしょうがないみたいですし、難しい仕事の話よりもああやって子供と遊んでるのが似合ってるんです。こちらこそよろしくお願いします」
 最初の印象ほど悪い子じゃないのだろう。歳下ながらしたたかさは垣間見えるけれども、彼女は朱音さん命!っ感じで、彼女を必死で守ろうとしていた。聞けば大変な恩義があるらしい。
「それじゃ、女4人でシッカリと旦那様操縦して、幸せを掴んでいきましょう? メリークリスマス! それからおめでとう、楓」
 瞳の乾杯の音頭に、もう一度ワインやシャンパンの入ったグラスを合わせる。
 そういえば……女同士でなにか祝うなんて久しぶりだわ。関西に転勤した時に仲のいい友人とは疎遠になってしまった。そのうえ皆が結婚や出産育児で大忙し。ひとりで飲みに行くのが定番となりつつあったから。
「ありがとう、みんな……」
「ところで、会社でやってたって本当ですか?」
「なっ、何を……麻里さん」
 その唐突な質問に、飲んでいたシャンパンが気管に入って、思いっきりむせた。
「ちょっと、麻里さん、何聞いてるのよ? 聞きたい気持ちはわかるけどね……だって、あの会社、隠れてするには、あんまりいい場所なかったものね。会議室とか普段閉まってるから鍵の持ち出しとか出来なかったし」
 瞳までもがそう聞いてくる。よく考えたら全員社内恋愛結婚?
「あ、うち……時々持ちだしてたのかも。知らない間に会議室とかに押し込まれたことが……」
 爆弾発言は朱音さんだった。ちょっと本宮、あんたまで何やってるのよ!
「うちは、あの頃は若くて権限なかったから、会社では無理だったなぁ。給湯室でその手前まではあったけど」
 瞳も……なんか段々と暴露話のようになりつつあるんですけど?
「いいなぁ、うちは部署違ったし、ヘタレだしペーペーで。会社終わるまで待ちきれなくて車の中でっていうのはありましたけど」
「あ……」
 麻里の言葉に反応する朱音さんの真っ赤な顔。本宮……よくわかったわ。あんたもやっぱり亮輔と同類なのね??
「社長室はいいんですよね?」
「うっ……」
 いいわけないわよ……本当は! もしかして、彼女たちが知ってるということは、羽山や本宮にもばれてるってこと?? ヤダ、もうっ! だから嫌だったのよ! あんなとこでするの……一応就業時間は過ぎてるとか、これからはプライベートな時間だとか言われても、社長室はやっぱりよくないわよね? だからと言って、まさか思いっきりやられちゃってますとか、下着の換えを持って行かないとダメなのだとか……とても言えない。
「もう、照れなくっていいですって! でも、愛されてるんだって見ててわかりますよ、楓さんも、朱音さんも、あ、瞳さんも!!」
「ありがとう。確かにね、前より仲良くなったと思うわ。あなた達に影響されちゃって。最近若返ったってママ友にも言われたのよ」
 ほほほと笑う瞳も確かに……若々しくなったと思う。羽山も、以前にまして仕事もやる気満々みたいだし?
「まあ、麻里さんは元々若いけどね」
「うちは、以前離婚直前までいくぐらい冷めてましたけど、いまは……おかげさまで、そこそこ満足してますよ。それも全部、朱音さんと本宮部長さんのおかげなんですけど。わたしもかなり変わりましたよ? 家事もしっかりするようになったし、子育ても瞳さんに色々教えてもらえるようになってから、すっごく余裕出てきました。楓さんもこのふたり頼るといいですよ。この先……子供とか作るんでしょ?」
「あ……うん」
 まだ言ってないんだけど、実は生理が遅れている。重い方ではないので、式に合わせて薬でずらす気は最初っからなかったけど、どうやら……
「楓、もしかして、出来たんじゃないの?」
 瞳の問いかけに、不思議と誤魔化す気は起きなかった。
「……うん、一応検査薬では反応あったの。病院はまだだけど……やっぱりこの歳だとちょっと心配で……瞳、どこかおススメの産婦人科ある?」
「本当に? おめでとう、楓! うちは間空いちゃったからね。きっと朱音さんや麻里さん麻里さんの方が詳しいはずよ」
「うわぁ、おめでとうございます! あとで教えますね。うちと朱音さんとこが下の子産んだ産婦人科、結構いいんですよ」
「で、それは蔵木さんにはもう知らせてるの?」
「ううん、まだ……」
今朝調べたばかりだから、まだ亮輔には言ってない。もし間違ってたら煩いし、もしものことがあったら……だから、病院で確認してから言おうと考えていた。
「何言ってるの……」
「「早く言わないと、今夜やり殺されちゃうわよ?」」
 瞳と麻里さんが声をそろえて言ったので、思わず朱音さんとふたり、吹き出してしまった。
「そんな爆弾なら、さっそく落としに行きましょ!」
 そう言って彼女たちに手を引かれ、その一言で思いっきり男性陣をどよめかせることができた。

「おめでとう!」
数々寄せられる言葉の中で、ヤツが……亮輔がわたしの方を向いてマジな顔して迫ってきた。
「楓……ほんとに?」
「ええ、ほんとよ。あなたの赤ちゃん……まだ病院で検査してもらわないとはっきりとは言えないけれども」
「やった!!!!オレ、親父になるんだ! くっそー頑張らなきゃ、もっと、もっと! ねえ、先輩?本宮さん! なあ、富野」
「その通りですよ! 子供のためだったら頑張れるんっすよ!」
 富野も子供達を数人抱えながら大きな声でおめでとうとその言葉を返していた。そう、悪いヤツじゃない……もうちょっと思慮深ければ後任に指名できたんだけど、仕事ができる割に惜しいのよね。上司向きじゃないのは確かすぎて。
 こうやってみんなに祝われるのは、悪くない……ううん、うれしい。そしてこんな友人たちを持てる彼と、自分を幸せだと思う。
「ありがとうございます。去年彼に連れられてここに来てなかったら……素直に彼の気持ちを受け入れてなかったかもしれない。仕事仕事で、ずっと家庭なんかいらないって思ってたから。だけど、ここに来て……こういうの、いいなぁって思ったわ」
 最初はすごくイライラした。自分にないものを見せつけられているようで。でも、欲しいと思ってるからだったことにあとで気がついたんだ……
「オレも……楓がオレのとこに来てくれたのは、ここに連れて来て、少しは気を変えてくれたからだと思うんだ。ほんとに意地っ張りで、去年まではオレのことなんかまったく受け入れようとしてくれなかった。だから、本当の意味でお礼言ってお祝いしてもらいたいのは、ここにいるみんなだったんだ。日頃からもちろん仕事面でも、世話になってる上に、これからは家族ぐるみで世話にると思う……どうせ、明日は親族だとか取引先だとかが入り乱れて、ちゃんと挨拶できるのは今日ぐらいしかないから」
 ヤツは一息つくと、わたしの肩を引き寄せ隣に並んで姿勢を正した。
「羽山先輩や本宮さん、オレは社長としてもこのふたりをすごく頼りにしてる。だから普段から残業も多いし仕事の負担も大きい。おまけに……本宮さんの後任で呼んだおまえを秘書室に引っ張っちまうから、富野も上司が目まぐるしく変わってやりにくいと思う。改めてお詫びとかお礼とか言っておきたかったんだ」
「おいおい、何真面目になってんだよ」
 照れた風に止めろよと羽山さんが手を振るけれども、ヤツはやめない。
「会社がうまく軌道に乗っているのも、オレ達がこうやって上手くいったのも、みなさんのおかげです本当にありがとうございます!」
 きちっと頭をさげている、それにわたしもならった。社長でありながら奢らない。部下にでも感謝の意を込めて頭を下げる、その潔い態度こそ、ヤツが社長として指示されるだけでなく、こうやって公私共に支えてくれる友人に恵まれる理由なのではないだろうか? 若輩の2代目でありながら成功している秘訣はコレなのかもしれない。
「まあ、楓を連れていくのは別として、社長であるおまえが落ち着くのはいいことだ。それも仕事させたら無敵の女を伴侶に迎えるんだからな。これからも頑張ってくれれば言うことはないよ」
「羽山先輩……」
「自分の妻を幸せにできないようだったら、意味がないんだぞ。一度失敗してるオレが言うのもなんだが、妻や家族が幸せなら自分も幸せになれるし、会社のためにやる気も出て来るもんなんだ。まずは明日から奥さんを大事にしろよ? 間違っても、やり過ぎて死にそうな顔して会社にこさせるな」
「あはは、気をつけるよ。けど、当分は無理かも? だってオレ達明日から新婚さんだから」
「もう、あんた言われてること全然わかってないじゃない!!」
 いいところで落としまくるヤツに呆れて、わたしは持っていたバックで思いっきり後頭部をはたいた。関西での10年はこんなところに生かされていたようだった。
「幸せになってね!」
「はい」
 瞳や朱音さん達にそう言われても、素直に返事ができた。
 本当にありがとうと、わたしも深く頭を下げる。明日という日を心より迎えられるのは、やはりみんなのおかげなのだと思える。
「幸せにするから」
 改めてそう誓われて、わたしは泣きそうになっていた。
「おめでとうなの! 楓おばちゃん」
 …………え?
「おめれとう! かえれおばちゃん!!」
 ……………………え?
 いつの間にか集まってきていた子供達。そして、最初のは美奈ちゃんと聖貴くんで、そのあとは亜貴くんと愛音ちゃんだった。
 でも、それは、ないよ……と言いたかったけれども、差し出された小さな花束やお菓子を見ると怒る気にもなれずない。ありがとうと、みんなを代わるがわるに抱きしめてお願いをする。
「来年は、赤ちゃん連れて来るから……仲良くしてくれる?」
「はーい!」「いいよー!」
 元気のいい返事を聞いて、わたしも……仕事だけでなく、やっぱり子育てもしっかり頑張らなきゃとお腹の子供に誓う。子育てにやり直しはないんだよと、よく友人たちが言っていた。こんな、素直ないい子達に育てられるよう、愛情いっぱいの家庭を作らなきゃなのだ。幸いなことに、ヤツは子供好きみたいだし、わたしへの愛情もかなり溢れているようだ。そのためにも、すぐにヤツとけんかするのを……やめないとだよね? 子供からみれば、喧嘩ばかりしている両親なんてイヤだろうから……
 だけど、どうやったら喧嘩せずに済むのだろう? いつだってヤツはわたしの神経ばかり逆撫でるのに。
「楓」
「なによ?」
「ありがとう……」
 え、どうしたの? 急にわたしにまでかしこまって……
「子供……出来たの、凄くうれしいんだ。年齢的にも無理させるだろうけど、出来たら嬉しいなって、ずっと思ってたからさ。本当に、ヤリまくった甲斐があったよなぁ」
 なによ、いいとこで結局それ?? もう、この人は……せっかく喧嘩しないようにって決心しかけたところなのに?
「なっ……どうした?急にそんな怖い顔して……」
「年齢的に無理ですみませんでした! 若くないけどね、こっちだってあんたの子供ぐらい産みたいと思ってんのよ! わたしだって……欲しかったんだから……」
「か、楓??」
「ううっ……」
 だめだ……涙が止まらない。出来て嬉しかった。朝すぐにいいたかったけれども、言いそびれてしまって……今時分実感と感動がきたみたいだ。ここまで気を張ってた分が緩んだ。
 そうよ、困った時は彼がいる。そして……瞳や朱音さん達が。子供達の元気な顔を見てたら、喜びたい気持ちを抑え込んでいた不安が影を消してくれたんだ。だけど、いったん緩んだ涙腺は止まらない。
「楓!」
 がばって抱きしめられていた。もう、みんながいるのに、恥ずかしいじゃない!でも泣き顔見られる方がもっと恥ずかしいから、このままでもいいかな?
「泣くなよ……あーもう! 悪い、先帰っていいか?」
 耳元でヤツが叫ぶ。え?帰るの……??
「ああ、帰れ帰れ。明日、泣き顔の花嫁連れてくんじゃないぞ!」
「楓泣かせたらここにいる全員敵に回すからな、おまえ」
「……先輩、本宮さん」
 泣きやまないわたしを腕の中に抱いたまま、おろおろしているのがよくわかる
「悲しみの涙じゃなければいいのよ。それは幸せの涙だから……ね?」
「瞳ぃ……」
 うんうんとうなずいてくれる女性陣に視線で励まされて、わたしは深くお辞儀をすると、ヤツと一緒にパーティ会場をあとにした。


「楓……もう泣くなよ。おまえ鳴かせるのは好きだけど、そっちの涙は怖いよ……おまえ勘違いしたり、意地張ったりしたらすぐに飛び出して行っちゃいそうだからさ」
 明日の挙式のために前泊しているホテルに戻っても、わたしは涙こそ止まっていたが、いまだにやつの腕の中だった。
「いかないわよ……もう。だって、わたしたち結婚するんだし、子供だって……半年一緒に暮らして、文句ばっかり言ってたけど、本気で出て行こうって思わなかったよ? 溜まってるものは、言えばすんだから……ううん、言わせてくれてるから、亮輔が」
「本当か? 絶対、出て行かないか?」
「え、ええ」
「…………よかった。オレはずっといつおまえが怒って出て行くか心配だったんだよ。だから余計に、そのカラダで言うこと聞かせようとしてたのかもしれない。だけど、これからはもっと大事にするから……」
 わたしを抱きしめていたその手がそっと下腹を優しくさする。
「この子に怒られちゃうだろ?」
「そうね……でも、たまには少しぐらい……いいわよ? だって、嫌じゃないから……あなたがやり過ぎなだけ」
「ああ、わかってる。無茶はしないよ。で……今は? 無茶しなかったらいいのか?」
 さっそくなの?? この人は……まったく、もう! でも愛しているぶん、逆らえないわ。
「いいわよ、優しく……してよね? 明日は大切な日なんだから」
「ああ、もちろんだとも。 花嫁さんには無理はさせられないからな。明日昼過ぎには起きられるように加減するよ。奥まで……好きだろうけど、当分はダメだろうから、その代りにいっぱい入口擦ってやるからな」
「はぁあ? ちょっと、あんた何考えてるのよ!」
「そりゃあ、もう、子供がいても奥さんを可愛がれるだけ可愛がる方法」
 優しくしてされるのはいいけれども、それからかなりゆっくりと時間をかけられて、おかしくなったのはわたしの方だった。


クリスマスは、まだこれから。
明日がクリスマスイブで、わたし達の記念すべき日になるはず……

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