2007クリスマス企画

本当のHollyNight−聖夜−

 

12月24日  朱音
 
 
翌朝も、またおばさんのおみそ汁を飲んで…それから帰らなきゃって思った。
「いつまで居たっていいんだけどん、そんなわけにもいかないもんねぇ。」
おばさんが朗らかに笑う。ホント、勝とそっくりだわ。
「朱音ちゃんには、いつもこの馬鹿息子がお世話になってるっていうのにさ、何のお返しも出来なくて。昨日は旦那さん留守だったんだって?具合の悪いときぐらいうち頼ってもらっていいんだよ?近いんだからさ。」
なるほど、勝はそんな風に言ってたのか…通りでおばさん理由聞いてこないと思ったんだ。
「朱音ちゃんの旦那さんは、この子の上司なんだろう?結婚式に来てたあの人だよねぇ、渋くって男前で仕事も出来るって言うんだから、安心だよね。体調崩して心配かけちゃいけないよ?ちゃんと立派な赤ちゃん産まなくっちゃ。」
安心、だった。昨日までは…なんの憂いもなく産むことが出来ると、自分の幸せを当たり前のように受け止めていた。
「旦那さんが帰ってくるの遅かったらお昼食べて帰ってもいいんだよ?自分一人の分作るのも面倒だろ?なんなら、タッパーにおかず詰めておいてあげるから夜ご飯に食べればいいからさ」
「かあさん、そこまでしなくっても…朱音、そろそろ送るよ。」
娘同様に扱ってくれるおばさんの厚意を、勝が呆れて却下するその後ろから美奈ちゃんが飛びついてきた。
「だめ、あかねちゃん、みなとあそぶのっ!おにんぎょうさんごっこ、パパへたなんだもん。ね、おねがい?」
そう首をかしげて言った後、美奈ちゃんがお人形さんごっこのセットを一式持ってきてわたしから離れなかった。
結局、お昼過ぎまで美奈ちゃんにせがまれて帰らずにいた。昼過ぎには帰りますとメールで連絡はしたものの、声を聞くのが怖くて電源を落としてしまった。
何を怖がってるんだろう?聞けばいいだけなのに、なんでもないことかも知れないのに…考えるだけ怖かった。
「さすがに、そろそろ、な?美奈も用意しな。一緒に車で送っていこうな。」
台所のおばさんに挨拶して、勝と玄関まで来た時、玄関のドアがチャイムもなく開いた。
 
「なんで、朱音さんがここにいるの?」
がらりと引き戸を開けて入ってきたのは大きな包みを持った麻里ちゃんだった。クリスマス仕様の包み紙はきっと美奈ちゃんへのクリスマスプレゼント。なあんだ、ちゃんと美奈ちゃんの事を気にかけてるじゃないの?
「麻里ちゃん、あのね」
理由を説明しようとするわたしの声を、勝の怒声が遮った。
「何しに来たんだよっ!おまえは、ノコノコとこの家に戻ってきて挨拶もなしでそれかよっ!」
「ああ、そう。そういうこと!あたしなんてもう必要ないって事?美奈まで…」
そうだった。美奈ちゃんはあたしが帰ると言った後、少しだけ寂しそうにしていたけれども、一緒に車で送ろうと玄関先まで私の足にべったりとくっついて付いて来ていたのだった。
母親の形相を前にさらにあたしの後ろに隠れてそっと様子をうかがっていた。
「ああ、美奈はすっかり懐いてるよ!自分を置いてさっさと出て行った母親より、他人でもたまに逢ったときだけでも優しくしてくれる朱音の方がよっぽど安心出来るんだろ?昨日の晩から離れないからな。」
「そう、朱音さん泊まったの…なによ、あたしの後釜に朱音さん据えようっていうの、やっぱり未練あったんだ?まあ、課長に捨てられたんならしょうがないけどねっ。馬鹿ね、この人よりあの人の方がよっぽどレベル高いのに!」
「ちょっとまって…」
わたしの声などかき消されるほどの勢いで二人の怒鳴り合いは続いていた。
「違うだろ!朱音は具合が悪くなって動けなかっただけだ!そんなに人のこと低レベル扱いするなら、おまえがレベルの高い男と再婚でもなんでもすればいいじゃないか!出来るんならなっ、そういう男はおまえみたいなのには引っかからず、ちゃんと中身で決めるから無理だろうけれどもな。」
「酷い…あたしだって、美奈を連れていきたかったわよっ!いきなり実家に戻るっていいだして、何があってもお義母さんの味方ばっかし!こんなとこ居られなくしたのあなたじゃない!!それを、朱音さんまで連れ込んで…」
「しょうがなかったっていってるだろ?実家に戻ったのだって…まあ、今は元の部署に戻って残業三昧だからかえって良かったけどな。おまえに美奈を預けるんじゃないから安心して俺も残業出来るし。けど、それが気にくわないならおまえが何とかしてみろよ!」
口論が続く中、美奈ちゃんの小さな手がわたしのスカートの裾をぎゅっと掴んでいた。
聞きたくないよね、こんな争い。美奈ちゃんも、わたしの赤ちゃんも…わたしはかがみ込んで美奈ちゃんをぎゅっと抱きしめた。美奈ちゃんもしがみつきかえしてくる。不安なんだろう。この子にしてみればどちらも大好きな両親なのだから。
だけど興奮して感情が暴走する二人の口は止まらない。
「なっ、だって、女一人でどうやって美奈と二人食べて行けっていうのよ?今だって友達のトコに泊めて貰ってるのに…」
「そうだよな、仕事もまともに出来ない上に、貯金も出来ないほどの浪費癖があったのはおまえだろ?主婦業も母親業もほっぽり出して遊びに行くようなおまえに、今後も美奈を任せられるか!慰謝料払うぐらいだったら俺が育てるさ、立派に育ててみせるさ。」
「それはお母さんに手伝ってもらって、でしょう?それともまだ朱音さんに手伝わせるの?もういい加減にしてよ!!!」
「なに言ってるんだ、朱音は…何で彼女に当たるんだよ!俺の友人でもあるし、お袋だって昔から知ってるし…」
「あ、そっ!あたしはお義母さんにも朱音さんと比べられてたってわけ?やってらんないわよ、こんな家!!」
ひっくと美奈ちゃんがしゃくり上げた。
「やめて、美奈ちゃんがきいてるのよ?子供の前じゃ駄目よ、震えてるわ…美奈ちゃん?」
あたしはようやく口を挟むことに成功し、腕の中で震える美奈ちゃんの身体をぎゅっと抱きしめた。
大丈夫よ、と。
「美奈、あんたもこの人の方がいいの?」
美奈ちゃんはしゃくり上げながら母親の方をゆっくりと見上げる。
「ま、ま…みなね、いもうとがほしかったの。さんたさんにねおねがいしたんだよ?それでね、あかねちゃんがきてくれたから、それでね、」
「もういいわ!もうこない!それでいいんでしょう?」
顔をくしゃくしゃにした麻里ちゃんが、持っていた包みを床にぶつけるように投げたそれがぽんと跳ねてあたしの背中に軽く当たった。
「あっ…」
美奈ちゃんがその包みを持ち上げて、反対に自分の母親に投げつけた。
「こんなのほしくない!みながほしかったの、ままといもうとだもん!!」
きっと母親を睨んで美奈ちゃんが駆けだした。
「美奈ちゃん!!」
思わず後を追いかけてしまった。満足に走れない癖に…
「美奈っ!」
勝が隣をすり抜けて美奈ちゃんに追いつこうとした瞬間、あたしのお腹がズキリと痛んだ。
「あっ…くぅ」
思わずしゃがみ込んでお腹を押さえる。痛みが増大していく。生理痛の酷い感じ…
「朱音?」
こっちを振り返る4つのよく似た瞳がみえた。美奈ちゃんの、勝の心配そうな顔。
「どうしたの?」
頭の上で聞こえたのは麻里ちゃんの声だった。
「お腹が…」
下半身が重い、これってまさか…
「もしかして、陣痛??」
「ん…でも、予定日はまだ…31日だし」
「10日ぐらい早くったって何ともないわよ?」
「そ、そうなの?…っ」
少しだけ納まってくる。そうすると息も付けて少しだけ身体から力が抜けた。
「ずっと痛むの?治まった?」
「わからない、今は大丈夫みたい。少し張ってて…昨日から少し苦しくて。」
「わかったわ、病院へ行きましょう。勝っ、車出して、早く!!」
「あ、ああ…」
「美奈、こっちいらっしゃい」
優しい口調に変えて子供を呼ぶと、立ちつくしていた美奈ちゃんがはっと表情を変えて駆けよってきた。
「ごめんね、驚かせたよね?ママ、興奮するといっつもこうだもんね。やめようと思ってても素直になれない…いつも朱音さんが羨ましくて」
「そんな…」
「ううん、本当よ。負けてるもん。勝さんを奪ってやった、勝ち負けで考えてるようじゃだめだってことも…美奈、ごめんね。」
ぎゅっと娘を抱きしめて『おばあちゃんに毛布もらってきて』と伝えた。
美奈ちゃんは家の中におばあちゃんと叫びながら駆けていった。
「大丈夫なの??予定日まだ先でしょ?」
おばさんが毛布抱えてやってくる。その後、勝が車を回してきた。
「陣痛始まってるかもしれないわ。でも、どのくらいかなんて初めてじゃ判らないから。お義母さん、美奈をおねがいします。」
おばさんが美奈ちゃんを抱きかかえて頷く。
「朱音、早くのって!!」
麻里ちゃんに支えられて、あたしは後部座席に乗り込み、すぐさま身体に毛布が掛けられた。
「ありがとう、麻里ちゃん」
「なに、いってるのよ…赤ちゃんの為でしょ!」
そう言った頬が、照れたのか少し赤くなっていた。
 
 
彼女は強くなっていた。
母だからだろうか?あたしは支えてくれるその手に身体を預けて目を閉じながら、間隔を開けて襲い来る微妙な痛みに耐えていた。
「間隔はまだ20分ぐらいみたいだけど、弱いみたいね。」
「弱いの?」
「本当の陣痛はもっと強いわよ。朱音さん、妊娠中順調だった?」
母子手帳見せてと言われたのであたしは携帯していた鞄を差し出した。
「切迫流産と切迫早産?それで仕事辞めたのね…」
「ええ」
「あたしの友達も切迫早産で入院して、それからしばらくハリ止めの薬飲んでたって。そうしたら反対に強い陣痛がなかなか来なかったって子がいたわ。」
「わからないけど、慢性的な張りはけっこうあったから…」
「とにかく今は力入れちゃ駄目よ。病院まで大丈夫だと思うけど。」
勝に病院の名前を教えていた。それは、偶然にも麻里ちゃんが出産したのと同じ病院だった。
「あそこ女医さんだし、評判いいものね。」
いろいろ教えてくれる。入院中の料理が美味しいだの、子供と同じ部屋に寝かせて貰えるだの。
途中で麻里ちゃんが連絡入れてくれたらしく、病院に着くとすんなりと診察室に通された。
少し検査して、出産準備室に運ばれるまであっという間だった。
だからすっかり動転して、わたしは俊貴さんに連絡するのを忘れてしまっていた。携帯は離れた鞄の中だし、今は身動き一つ出来ない。赤ちゃんの心音を見るために機械も取り付けられている。
 
今夜はクリスマスイブ、一緒に食事しようと誘ってくれていたのに。
真実を聞きただすのが怖くて逃げていたから…
突然の陣痛に、予測してなかった怖さが溢れてきた。
隣にあの人が居ない。
大丈夫だよと、優しく髪を撫でてくれるあのきれいな手もない。
あたしは…
こんなんで母親になれるの?
もし、あの人が居なくなっても、一人で育てられるの?
不安で苦しくなり、続いてお腹の痛みに又耐える。
お腹の痛みだけでなく、腰から下が重怠くって、鉛を背負ったようだった。
 
「しっかり!なんて顔してるのよ。母親になるんでしょ?あたしでもなれたんだから…そりゃ、いい母親じゃないかもしれないけど、ちゃんと産めるんだから。あんたみたいな出来の人が、いい母親になれないはずが無いじゃない!人の子供でも可愛くてしょうがないって思っちゃうような人…あたしみたいに自分の子供でも憎たらしくなっちゃうようなのとは違うんでしょ?」
その手が腰をさすってくれている。看護婦さんも出入りしているけれども、他に出産が重なってるらしく、準備室には麻里ちゃんだけが居てくれた。勝は外に居るらしかった。
「ごめんね、付き合わせて…」
「美奈が…去年あなたに救われたわ。なのにちゃんと、素直にお礼も言えなくてごめんなさい。あの後、ちゃんとやり直そうって思ったんだけど、いきなり実家に帰るっていわれて、あたし納得してないまま戻ったから、お義母さんと衝突しちゃったのよね。悪い人じゃないと思うんだけど煩くって…」
「そうね、でも、いい人よ。いい母だわ。見習わないといけないとこいっぱいあるわ。」
「ん、素直にそう思えなかったの、あたしは…やっぱり朱音さんが勝さんと一緒になった方がよかったのかな?」
彼女は泣きそうな顔で笑ってみせる。
「それは違うわ。あたしは…勝が麻里ちゃん選んだ時、自分の心に踏ん切りつけれてよかったもの。告白して長年の友人としての関係を無くすのが怖かった。それにね、友達として好きなのか、男の人として好きなのか、もうよくわからなくなってたし…んっ!!」
少しだけ痛みに耐えながら話し続ける。
「あの人と…俊貴さんと結ばれてよかったって思ってるの。だってね、本当に好きになると…相手に奥さんがいようと我慢出来なくなっちゃうんだって…実際居なかったけど、あたし、彼のこと妻帯者だって思ってたから。」
思い出す何年か前のクリスマスの夜。彼に妻が居ると思いこみ、それでも、一晩だけでもいいから抱かれたいと思った。一瞬だけでもいいからあの人のものになりたいと願った。それが大人になって初めて心から願ったクリスマスプレゼントだった。
自分にあんな大胆なこと出来るなんて思っても居なかった。それほど好きなのだと思い知らされた夜。
「そうなの??朱音さんって、本当にそういう噂に疎かったのね。指輪がカムフラージュだなんて総務や経理課の子なんてみんな知ってたわよ?」
少しだけ呆れられた。ほんとうにそう言うのに興味がなかったからしかたがないけれども。
「でも、もし彼に他の女性との間に子供が居たとしても、その女性とよりが戻ったとしても、あたしは彼のことが…嫌いになんかなれない、忘れたりできない…ひとりでこの子を育てる事になっても、あたしは、彼を愛してる分、この子を愛することが出来ると思うの。」
わたしが診察を受けてる間に、勝の所で世話になっていた理由を聞いていたらしい彼女はうんうんと頷いて話を聞いてくれていた。
「馬鹿みたいに真面目で、飾りっ気のないあなたなんか、勝さんに相応しくないって思ってたわ。でもそうじゃなかったのよね、あなたには本宮課長が相応しかったってことでしょう?あの人には、あなたの本当の姿が見えてたのよね。あたしにも、勝さんにも見えてなかったのに…でも、その結果はちゃんと本人にきかなきゃね?」
そういって麻里ちゃんは立ち上がった。
「朱音…」
そこには俊貴さんの顔が見えた。その後ろにはドアを支えたままの勝の姿。
麻里ちゃんはその支えられたドアから部屋を出て行った。
 
残されたのはあたしと俊貴さんだけだった。
 
 
2007.12.24
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クリスマスイブですね〜なのに朱音は産気づいて大変です。
さてさて、明日で終わるのか??引き続き明日もお楽しみ下さいませ♪
           〜MerryChristmas!!〜