バカップルの日常シリーズ

〜姫と直〜    姫の災難

〜姫〜
最初は無言電話だった。
ケータイに非通知で...もちろん無視してたら、今度は無言メール。用件の何も入ってないメール。なんだか気味が悪かったんだけど、世間ではワンギリだとか、イタズラメールだとかが流行ってるし、そのまんまメールも消去していた。

「姫ちゃん、これ届いてるけど?」
事務局に届けられたあたし宛の小包...
「なにこれ?」
中身は梱包用のビニールが詰まってるだけだった。
それからは何度となくそんな荷物が届いて、こんどは封筒が届きはじめた。
「やだ...」
「なに?どうしたの?」
ちよがのぞき込んでくる。ピンクのチューリップの柄の乙女チックな封筒にいびつな文字。
<イツモキミヲミテイマス>
そう書きだしてあった。
後はつらつらと思いがびっしりこもった文字の羅列...あたしは怖くて最後まで読めなかったの。
あたしがちよを見ると、その手紙をあたしから取り上げてすごく怖〜い顔してそれを読んでいた。
「ね、これってもしかして、ストーカー?」
あたしが聞くと
「もしかしなくてもストーカー。」
そうあっさりと返事された。


「ねえ、あなたにこんな電話がかかってきたんだけど...」
実家の母から連絡があったのはその数日後だったの。
『清宮さんのお宅ですか?姫さんいらっしゃいますでしょうか?高校時代の幹事会委員なんですが、創立100年の冊子を作るのに姫さんの高校時代の写真や愛用していた品をお借りしたいのですが。』
なんて言ってきたらしい。
「高校時代の幹事さんて生徒会長していた野口くんよね?おかしいと思ったからあなたに確認してみますって切ったんだけど...」
もちろん野口くんが会長であたしが副会長だったから、母も彼のことよく知ってるし、もちろん今でも連絡はあるから実家にそんな電話がかかるはずないもの。

ストーカーされてる?って思ったら怖くなっちゃって、それ以来、あたしは一人で居るのがすごく怖くなってしまった。
たいていはちよが一緒にいてくれるし、ちよが事務所の人に事情話して、遅くなる時は必ず誰かに送ってもらったりとか、他の人も心配して送ったりもしてくれたけど、一度、どう考えても車で後ろをついてこられたような気がして、急いでお店に入って直さんに電話して迎えに来てもらった。
それでとうとう黙ってられなくて、直さんにストーカーされてるかもっていっちゃったの。
ホントは言いたくなかったんだ。
だって、直さんって普段はすっごくスマートに何でもこなすのに、ちょっと、あたしのことが絡むと、行き過ぎっていうか、やり過ぎちゃうとこがあるのよね...
それに心配かけすぎるのもやだったし、それこそ仕事おっぽり出して毎日送り迎えするって言い出しかねないんだもの。実際、せっぱ詰まって電話した時だって、会社抜けて車で迎えに来てくれたんだよね。
だから、肝心な所ははしょって、もしかしてってだけ言ったのに...
その次の日には強制的にあたしの部屋の前に監視カメラと警備システムへのホットライン用意させられました。
直さんってこういうことには惜しげもなく使っちゃう人なんだよね。まあ、実家が会社経営してたりとかだから、直さんの家も監視カメラや警備会社に入ってるのは当たり前だったんだもん。
はぁ...でも、それでも...
「なあ、姫、今日は迎えに行かなくてもいいのか?オレ、ちょっとなら抜けれるぞ?」
しょっちゅう電話かかってくるんだもん。仕事ちゃんとしてるのか心配になるじゃない?まあ、直さんが仕事をこなせないはずないんだけど...
もっともストーカー以外にも痴漢にあったり、車に連れ込まれそうになったりの前科があるからなんだけどね。
ちよがあきれ顔で言うの。
「姫はさ、遠目から見てもその黒くて長い髪がお嬢様してるし、正面回って見たら、簡単にだませそうに見えるじゃない?おまけにちっこいからさらうの簡単そうだしね。」
それはひどいよ、ちよ!そりゃちよは背も高いけど、あたしは153しかないし、とろそうに見えるかもだけど...でも、ちゃんと自分で自分守れるもん!
なんて思ってたのが間違いだった。
予想以上に見られてる恐怖はあたしにも影響を与えていたみたいなの。
不意に後ろから肩たたかれたり、後ろを歩かれたりするだけでびくびくなってしまう。
そんな自分が嫌だったし、そんな自分を直さんに見せるのも怖かったし、忙しかったのもあって、あたしはあんまり直さんにあんまり会おうとしなかった。

ある朝、自宅に花が届けられていたの。
もう、怖くって...すぐにちよにも連絡して、今までもらってた手紙や小包を取っておいた分全部もって、警察に行ったの。
直さんにも連絡しようかなって思ったけど、ちょうど仕事中だし、とりあえず、今晩会えるようにメールだけ入れておいたの。
「とうとう自宅まで来たか...怖い?姫。」
ちよに聞かれてあたしは頷く。今までは届け物すべて事務局宛だったから、まだ余裕あったんだよね。
「たぶんどこかのイベントで姫を見初めたんだろうね。」
「でもさ、オレわかる気がするよ...受付とかで清宮に、にこって微笑まれたら、即その気になっちゃうよ。愛想足していつもの5割り増しのかわいさになるもんな、清宮。」
事務局の同期の篠山くんにもそう言われた。
う〜〜ん、あたしってそんなに誰にでも愛想いいかなぁ?
「そうだね、おまけに無防備だし、幼く見えるから、あんな怖い彼氏が居るなんて誰も思わないよね。」
怖い彼氏って、直さんのこと?
「ね、どうして直さんが怖いの?」
あたしが聞くと篠山くんがため息ついた。
「清宮...峯田さんの前で、下手におまえと親しげに話したり、肩に手でもかけようもんなら、オレら峯田さんの視線で殺されそうになるんだぜ?オレ、あの人だけは怒らせたくない...清宮にストーカーが、もしなんかしようとしたら...あの人絶対犯罪犯してでも報復しそうで怖いよ。」
「そんなぁ、まさか...ね?」
そう言ってるのにちよが...
「ありえるね。」
って、あんたがそう言うのが一番説得力あって怖いのよぉ!
あぁ、もうどうしよう...今日花束のこと言わなきゃならないだろうけど、そしたらなんて言い出すだろう?うう、それが一番怖いよ。直さんは社会人で、会社があるんだから、迷惑だけはかけたくないのに...
ここんとこだけ意地なのよね。やっぱり同じ会社の女の人や、社会的立場のある人からすると、あたしなんて学生で、何の責任もない代わりに、ちょっとでも直さんの仕事の邪魔をすると我が儘だとか、世間を知らないとか言われちゃうんだもの...それも嫌だし、そんなおこちゃまと直さんがつきあってるなんて思われたくないもの。

「今日はとにかくオレが送っていくよ。木村も呼んでね。」
篠山くんがそう申し出てくれた。篠山くんは車だし、木村さんは学生時代からボクシングジムにも通ってて、アマでもそこそこ行った人で、ボディガード役を買ってくれたの。

「じゃあ、清宮、とりあえず部屋の前まで送るけど、それ以上送ったら峯田さんに何言われるかわかんないから、監視カメラに映らないとこまでな。」
笑って言ってるけど、篠山くんは本気で直さんを恐れてる見たい。
「いいよ、それで。もう、みんな心配性なんだから...あっ!!」
部屋の前に、誰かがいた...
新しい花束もって、いつも送られてくるピンクのチューリップの封筒もって、嬉しそうににこにこして、めがねかけてすこしぽっちゃりした男の人...
あたしの方を見るなり歩いてくるの。あたし一瞬からだが固まってしまった、その、あたしを見る、目...嫌だったの...すごく。

すぐさま木村さんが目の間に立ってくれてその人を取り押さえてくれて、篠山くんがあたしを庇うようにして立っていた。その後篠山くんが携帯で警察に連絡して、ちよにも来てもらって...
あたし、直さんには連絡できなかったの。
事情聴取の間、携帯にもでれなかったので、連絡の取れない直さんが心配して、ちよに問い合わせがあった見たいで、ちよは簡潔に説明してくれたみたいだけど、直さんはすっごく怒ってたっていうか、声荒立ってたらしくって...


「姫っ!」
事情聴取が終わって、その部屋を出ると直さんが待っててくれた。いつもきちんと着てるスーツも乱れて、ネクタイもゆるめられて、どう見ても走ってきたって感じで...
後で聞くと、取引先に出向いてて、ちょうどラッシュ時だったから、そこから電車乗り継いで、駅から署まで走ってきたらしかった。
「大丈夫か?姫...」
怒られると思ってた。こんなにすぐ近くまでストーカーが来るなんて思ってもなくて、黙ってたこと、直さんに頼らずに事務局の人に助けられたこと、直さんならきっと怒り出すだろうと思ってた。でも...
「直、さん...」
あたしは直さんの顔を見るなり張りつめていた糸が切れてしまった。
「ふぇ...直さん...うぐっ...」
直さんの腕の中に飛び込んで、あたしは思わず泣き出していた。



〜直〜
オレは怒っていた。
姫が肝心なことオレにちっとも言ってくれなかったこと。
オレ、ここで頼られなかったら何のための彼氏だろうかって...
そんなにオレって頼りない?ちよから警察にいるって聞いた時に俺の怒りは脳天から突き抜けていた。思わずちよにも怒鳴ってしまった。
「峯田さん...こっち来るまでにその怒り覚ましておいでよね。被害者は姫なんだよ。」
そう言われて、オレは姫に怒りをぶつけるまいと、必死で気持ちをそらそうとした。けど、今回のことはオレは蚊帳の外だったわけで、そんな軽い存在だったら別れた方がましとか思ってしまう。
だけど...
泣き出した姫見て、今は安心させてやらなきゃって思った。
ショックだっただろうし、やっぱり苦しんだんだろうし...
けど、その時はオレも頭に血が上ってて、ストーカーしたヤツに対する怒りも、頼られなかった寂しさも、全部ひっくるめて姫に向かってしまってた。
抱きしめて頭をなぜてやって、その日はオレのマンションに連れて帰って、一晩中抱きしめていた。
だけどもオレの心は苦しくて、そのまま何も言わずにいれなかった。
「なあ、オレ、そんなに頼れないか...」
ソファで、眠れないまま二人寄り添って、身体だけすり寄せていた。
「そんなことない...でも...」
「でも?」
「直さん、無理するから...あたし、直さんの仕事にまで支障きたすのいやだっただもん。直さん、絶対無理するから...あたし、あたし...」
姫は自分のことよりオレのことを心配してくれてたわけ?
そう思わせたのはオレなのか...
きっとオレが姫のことになると見境なくなって、なんでも姫最優先!!ってしてたのを気にしてたのか?
だってそれほど姫が大事だったんだよ。もうこれ以上の女を手に入れることはないだろうし、手放したくなかったから...こんなに誰かに執着したのはきっと初めてだよ。だから俺自身が戸惑うほどに思いが溢れてたんだろうな...
ごめんよ、姫...
これからはちゃんとするから。基本は姫が優先で、姫が呼んでる時は何差し置いても行く。これだけは譲れない。
まあ、今の会社も親父の会社継ぐまでだと思ってるし、その間にインターバル入れようかとか思ってはいるけど、この仕事に未練はないからね。もっともそうだからと言って手は抜いたことなどないさ。だから、どうしても自分の仕事関係とかでぬけられないときはちゃんと自分の用事を優先するって姫に約束した。
「それほど大事なんだ...姫よりもオレの方が強く思ってるから、きっと...」
「そんなことないよ...あたしだって...今回は何とかなるって簡単に思ってたから、事務局のみんなに助けてもらって何とかしちゃったけど、こんな夜に、一人で自分の部屋になんか居られないよ...直さんの腕の中にいたいの...直さんに、愛されたい...」
うるうるの瞳でそんなこと言われたら...今晩は何もせずに抱きしめるだけでいいと思ってたのに...
「知らないぞ、そんなこと言って。優しくしてやりたいけど、その反面いろんなものに嫉妬しまくってるオレが居るんだ。そんなオレにそんなこと言って...ただじゃすまなくなるぞ?」
のぞき込んだ瞳にそう伝えて額をあわせる。
「いいもん...あたしが直さんに守られてるって、身体で教えて...」


もうだめだった。
理性やかっこつけた気持ちはどっかに飛んでいく。
「姫、姫...」
何度も名を呼び、ソファの上で攻め立てる。甘い声をあげる姫に繋がってその思いを伝えるしかなかった。
「あぁん、直さんっ!」
のけぞる姫を何度も何度も追い立てる。
誰にも渡したくない...出来ることなら誰の目にも触れずにしまっておきたいほどの執着。
だけど、姫だって自分の道を歩いてるんだ。邪魔はしちゃいけない。
なのにガキみたいな感情に振り回されるオレって...

翌朝、体中にオレに印を付けられた姫は、朝起きたとたんに怒り出した。
「もう、なんなのよぉ!これっ!」
「いや、姫、教えてっていったじゃないか?」
「言ったけど...ひどすぎるよっ、もう...」

「直さんのばかえっち!!」

久々に姫の声が部屋ん中にこだました。